雪降る夜はあなたに会いたい 【上】


 大学の冬期休暇は短い。気付けば、大学最後の試験と卒業論文の提出期限に追われて、アルバイトと勉強で一日が終わっていた。一月中旬からは試験勉強と卒論に集中するために、アルバイトのシフトを減らしている。

 この日も、大学の授業の後、閉館時間まで図書館にこもっていた。

「あれ……。戸川さん?」

帰宅途中の小田急線の車内で、ドア付近に立ち窓の外に視線をやっている時だった。駅に停車して反対側の扉が開くと、新たに乗り込んで来た人並みの中から自分を呼ぶ声が聞こえた。

私の正面に現れたのは榊君だった。

「偶然だね。今から、帰るところ?」
「そうなの」

さらに乗り込んで来た乗客により、榊君との距離が縮まる。

「最近、バイトで会わないからどうしたのかなって気になってたんだ」

冬休み中は、バイトでほぼ毎日のように会っていた。

「試験と卒論でシフト減らしてたの。榊君は、バイトの帰り?」
「そう。戸川さんと一緒に働かなくなって、いかに君に助けられていたかを実感したよ」
「大袈裟だな。榊君はもうなんでもこなせちゃうじゃない。むしろ、みんなの助けに――」

急に車内が揺れる。榊君の背後にいた乗客に背中を押されたのか、突然その身体が私に迫った。

「大丈夫?」
「う、うん――」

答えるより早く、榊君が私の肩を抱き寄せる。

「危ないから。次の駅で客が降りるまで、ちょっと我慢して」

反射的に離れようとすると、いつもと同じ表情で榊君が微笑んでいた。この密着に一人意識している自分が失礼なような気がして、バッグを胸に抱えて縮こまっていた。

 次の駅でたくさんの乗客が降りスペースに余裕ができると、自然とその腕は離れて行った。

「それにしても、こっち方面の電車は本当に混雑してるね。まだ、慣れないな」

そう呟いた榊君を見上げる。

「狛江に越して来たの、最近なの?」

そんなことは言っていなかったはず。

「あ、いや……そうなんだ」

何か、余計なことを聞いてしまっただろうか――。

いつもの穏やかさを纏う表情が、一瞬、微かに崩れる。

「それまでは実家で暮らしていたんだけどね、去年、勝手に家を出て一人暮らしを始めた」
「そうだったんだ」

どうして――とつい疑問に思ってしまったけれど、榊君の表情から、それ以上聞いてみようとは思えなかった。

「この辺りまで来ると、急に明かりが減って来るよね……」

榊君は、扉にもたれると窓の向こうを眺めた。

「多摩川が近づくと、同じ東京でも一気に雰囲気変わるよね」
「僕が育った場所とは全然違うな。僕としては、こっちの方が絶対に居心地がいいと思うんだけど……」

その言葉は独り言のようで。きっと、私に向けられたものではない。

「……ってごめんね、一人で勝手に。全然、意味わからないよね」
「ううん」

我にかえったように私の方を見る。

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