雪降る夜はあなたに会いたい 【上】


 汚れ一つない黒塗りの車で連れて行かれた場所は、都心にある高級ホテルだった。近くのスーパーに行くつもりだった私の服装は、完全に場違いだ。

 テレビで芸能人の結婚披露宴か何かで見たことのあるバンケットルーム。そのすぐ脇にあるラウンジで、倉内さんと向き合う。

 私の座った席からは、扉が開け放たれているその大広間の中がよく見えた。どうやら、何かのパーティーが開かれるみたいだ。着飾った人たちが続々と集まってきている。

どうして、こんな場所に連れて来られたのか――。

座っているだけで落ち着かない。

「今日は、突然申し訳ございませんでした。改めまして、私は、創介さんのお父様である丸菱グループ代表取締役社長の秘書をしております。秘書業務だけでなく、社長のお近くでずっと仕えてまいりました。職務上以外の面についても知り得る立場にあります」

私のようなただの女子大生にも、丁寧過ぎるほどの言葉遣い。でも、何の感情もなく、ただ機械的にそう接しているのだということも感じる。

「それで、本題ですが――」

淡々としていながら、有無を言わさない口調に緊張が走る。
気を抜いてしまえば手も足も震えてしまいそうで、身体中に力を込めた。

「戸川雪野さん。創介さんが大学四年の頃からお付き合いされていらっしゃいますね?」

その質問は私の答えなんて求めていない。ただの念押しだ。
何も言えずにいる私に構わず、事務的に倉内さんは言葉を繋げた。

「創介さんが、どんな立場の人間かお分かりですか?」

かろうじて頷く。それが精一杯だった。

「それなら話は早い。創介さんは、この先、日本経済を背負う方だと言っても過言ではない。代々続いた榊家の中で、創介さんにゆくゆくは社長職に就いてもらいたいとお父様は強く望んでおられる。ただ、血筋だけでそれが成し得るような簡単なものではない。それは、あなたもお分かりですね?」

何も持っていない私が、こうしてこんな地位の高い人と向き合うことすら考えられないことで。
私にはあまりに遠い世界のことなんだと改めて思い知らされる。

「失礼ですが、戸川さんのことを少し調べさせていただきました。あなたは、お母様と弟さんと三人で市営団地にお住まいで、大学も奨学金を得ながら通われている。そういうご家庭の方だ。ただひと時、お付き合いをするのは自由です。でも、将来のことを考えればあなたではだめなのです」

目を固く閉じる。

分かっている。これまで、いろんな人から何度も聞かされて来た。

最初から、そんなこと分かっている――。

何度も心の中で繰り返した。

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