雪降る夜はあなたに会いたい 【上】
「――無理を言ってすみませんでした」
「まあ、しょうがないよ。それなりの事情があるんだろう? 戸川さんはこれまで誰よりも真面目に働いてくれたからね。後はなんとかするから」
「本当に、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
頭を下げると、「最後の仕事、頼んだよ」と店長が私の肩を叩いた。
四年働いて来たこの店を辞める。突然辞めることが、店に迷惑をかけることはわかっていた。
でも。この先創介さんと会うことのないようにするためには仕方のないことだった。倉内さんとの、そして自分自身に果たした約束だ。
最後の仕事を終えてロッカールームを出ると、出勤して来た榊君に出くわした。
「お疲れさま」
「戸川さん――」
会釈して通り過ぎる時に声が届き振り向く。
「僕は君を騙すようなことを言った」
私を好きだと言ったことを言っているのか。その目をただ見つめる。
「戸川さんに近づくために君の家の近くに引っ越し、ここで働いた。全部、君を奪うためだ」
「そんなこと、もういいのに」
「結局、奪えなかったけどね」
自嘲気味にそう言いながら、榊君がふっと息を吐いた。
本当の彼はきっと心優しい人だ。憎しみなんて感情さえなければ、こんなことをせずに済んだと思うとまた胸が痛む。
「でも、君と接して君と話して、僕が感じたことに嘘はない。だから――」
「榊君、ありがとう」
最後に何とか笑って見せた。
「じゃあ、お先に失礼します」
もう一度小さく頭を下げて、そこから立ち去る。
店の外に出て見上げた空には、珍しくいくつもの星が瞬いていた。
煌めいては消えるその輝きは、いつのものだろう。