雪降る夜はあなたに会いたい 【上】
待ち合わせの場所は六本木駅だ。約束の時間よりかなり早く到着してしまった。
三年前、少ない時間を見つけ出してはここに通っていた。今はもう創介さんは住んでいない高層マンションが、変わらずそこにそびえたつ。
創介さんの会社は、ここからほど近いところにある。
立ち並ぶ高層ビルを精一杯見上げながらも、ここまで来てまだ、心の中は二人の自分がせめぎあっっている。
創介さんに、本当会ってしまっていいのか。
最後のこの日。何でもない時間を二人で過ごしたいと思った。最後の思い出を作りたいと。
でも、別れを決めているのに、普通の顔をして会えるのか。
手切れ金まで受け取って、もう会わないという約束を破っていいのか。
やっぱり、だめだ――。
会えるわけない。
創介さんの顔を見たら、きっと泣いてしまう。
私のバイト先に突然現れた雪の日、創介さんが私に『ごめん』と言った。それは、私といながら縁談を進めている創介さんなりの苦悩だったのかもしれない。
その苦悩から、もう解き放ってあげなければならない。創介さんも、そして私も。
たくさんの人が行き交う歩道で後ずさる。
この三年、いつか終わると思いながらずっと創介さんのそばにいた。それは辛い恋だったのかもしれない。
それでも、確かに幸せな時間だった。最後の最後にそう思える私は、やっぱり幸せなんだと思う。
待ち合わせ場所に背を向け、スマホを取り出した。幸い約束の時間までまだ時間がある。
“すみません。バイトで急にシフトに入らなければならなくなって今日は行けなくなりました。いつもお世話になっている人なので代わってあげたくて。本当にすみません――。“
ここで別れの言葉を送るわけにはいかない。私に会う直前まで仕事をしていると言っていた。そんなメッセージを送ったら迷惑をかける。それは、今じゃない。
もしかしたら、もっと正しい終わり方があったのかもしれない。
でも、最後に創介さんが謝る顔を見たくなかった。私に向けてくれた不器用な優しさだけを残しておきたい。
確かな言葉もなく始まった関係だ。終わるのも、”さよなら”のメッセージ一つでいい。
創介さんにとって必要だった何もかもを忘れられる時間。それは、ひとときであってずっとじゃない。もう、お互いにいるべき場所に戻らなくてはいけない。
私は自分を分かっているつもりだ。創介さんも自分が背負っているものを分かっている。
あの人は女に縋るような人じゃない。
だから、これで終われる。ちゃんと終われる。
強がりでも卑屈なのでもない。この恋の終わりには、絶対に凛としていたい。
この三年は、好きな人と過ごすことの出来たかけがえのない大切な時間だった。
ただ、ひたすらに好きだった。
創介さんも幸せになって――。
もう一度、創介さんがいるであろうビルを見上げた。
そして、真っ直ぐに前を見て歩き出す。