雪降る夜はあなたに会いたい 【上】


 昼間は、埋もれてしまいそうなほどの業務量の仕事がある。

 社内では常に”社長の息子”として見られている。だからこそ、小さなミスさえするわけには行かなかった。

 死にもの狂いで仕事をしていたのはそれだけが理由じゃない。父に何の文句も挟ませる余地のないほど実績を上げれば、政略結婚の後ろ盾など必要なくなるかもしれない。

父が俺を認めてくれれば。雪野に堂々と想いを告げ結婚できる道が開けるのでは――そう思ったからだ。

 オフィスから都心の夜景を見下ろせば、そのまばゆい光はほとんど目に映らず、雪野の顔ばかりが浮かぶ。

俺の住む世界に雪野を引き込んでいいのか? ただ、俺が手放したくないからと言って、こんな場所に――。

雪野は、四月から市役所で働くのだと言っていた。そこに行けば、新しい出会いもあるだろう。もっと誠実で心優しい、無理せず一緒にいられる男と出会えるかもしれない。雪野にとって、そういう男の方がずっと幸せになれる。

雪野を想うなら、俺は――。

大きな窓ガラスに額をぶつける。

頭では正解を知っているというのに、その正解を選べない身勝手な男だ。自ら雪野を手放すことが出来ないでいる。

俺はどうすればいい?
おまえは、俺のことをどう思っている――?

あの笑顔が他の男に向けられると考えただけで、
あの愛しくてたまらない身体を他の男が抱くのかと想像するだけで、
身体が引き裂かれるほどの嫉妬で狂ってしまいそうになる。

 臆病で何の力もない俺の本当の姿を知ったら、雪野は呆れてしまうだろう。

すべてを捨てて雪野だけを選ぶ――そんな選択が出来たなら、俺はもう少し自分を信じられるんだろうか。

 誰もいない薄暗いオフィスで、窓ガラスに身体を預ける。

『もし、知らない創介さんがいるんだとしても、私の目の前にいる創介さんが消えるわけじゃない。創介さんは創介さんです』

取り乱した俺に、そう言ってくれた。

 過去を知られたくないと怯えていた俺を、あの小さな身体で包み込んで。すべてを受け入れようとしてくれる。

 子供の頃、何かが上手く出来ず父に怒られて、『お父様は僕が嫌いなのかな』と言った俺に、母が優しい笑顔をくれた。『そんなことないわよ。お父様もお母様も、どんな創介でも大好きよ』と。

少し潤んで弓なりになるその目は、どことなく雪野と似ていた。

 自分の本当の立場も自分の汚さも、雪野に何も話せていない。なのに、雪野はいつも俺に寄り添おうとする。

自分の人生の中で、本当に大切なものを見極められないでどうする――?

どれだけ迷って苦悩したところで、俺の想いも望みも変えられない。結局、この三年ずっと変わらなかった。

 スマホを胸ポケットから取り出す。

”今度の土曜日会えないか?”
  
まずはとにかく雪野に会って、俺を信じて待っていてほしいと伝えよう。
 そして、2月25日の雪野の誕生日には、俺の想いを告げる。そう決めた。

 何をどう考えたところで、雪野のいない日々などもう考えられない。

 散々悩みぬいて葛藤した末の決断だ。この選択以外自分にはあり得ないのだと思い知った。

 誕生日までに、自分のことは自分でケリをつける。

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