雪降る夜はあなたに会いたい 【上】
* *
そうして迎えた宮川家との見合い。
運転手の待つ車に乗る。後部座席には父と継母。父の表情とは裏腹に、継母は酷く引きつった顔をしていた。
理人の母親が、俺の見合い話を良く思っていないのは、なんとなく分かっている。
俺からすれば、何のしがらみもない理人の方がよっぽど羨ましい。いっそのこと、次期社長の椅子も何もかも理人に明け渡してしまいたいくらいだ。
この車が見合いの席が設けられている所へと向かう間、ずっと窓の外を見ていた。
昨日、雪野には会えなかった。バイトのシフトを代わってくれと急に頼まれたようだ。雪野は律儀な女だ。人に頼まれたら断れないだろう。バイトを優先するのは、ある意味雪野らしい。
脳裏に浮かぶ、どこか寂しげな顔。哀しげな顔、苦しそうな顔、嬉しそうな顔。そして泣き顔。雪野の表情が、次々に浮かんでは消えて行く。
シートに深くもたれ目を閉じる。
理人とは、どうなっているのか。
あれから、雪野の方から何か言って来ることはない。「理人には関わらないでほしい」なんて言ってしまったから、俺に何も言えなくなっているのではないか。
おそらく、理人は、俺に何らかの痛手を負わせたくて雪野の前に現れた。何度考えてもその結論に至る。理人が何もかもを雪野に話すのは時間の問題だ。
醜い過去も何もかもを、雪野に伝える覚悟は出来ている。
ほとんど振動のない車の中で、そんなことを考えていた。
連れて来られた場所は、都心の一等地にある高級ホテル。その敷地内にある立派な日本庭園の先にある離れが、見合いの場だった。
二月の冷たい空気がその庭園を寒々としたものに見せる。
派手でもなく地味でもない上質なスーツに、明るめの色合いのタイと胸ポケットには同色のハンカチーフを身に付ける。待合室に置かれていた大きな鏡に映る自分を見て、嘲笑が漏れた。
本当に、俺いう人間にふさわしい恰好だ。
外見を着飾られているだけの中身は空っぽな存在。だからこそ、いろんな装飾を身に付けなければならない。
小さい頃から、弱い本当の自分を偽るために虚勢を張って、傷付けられる前に傷付けて、踏みにじって自分を保って。
嫌というほど何でも手にしてきたけれど、どれもがただ虚しいだけのものだった。
何も考えず、期待された道を期待通りに歩いて行く。丸菱に入るためだけに生き、それでいいと諦めていた。
そんな俺に、人生で初めて失いたくないものが出来た。
自然と身を正す。これから、自分が立ち向かわなければならないものに対面すると思うと、身が引き締まる。
「創介、行くぞ」
「はい」
父と継母の後に続いて、宮川家の待つ部屋へと向かう。