雪降る夜はあなたに会いたい 【上】
「でも、凛子さん、安心してくださいね。あなたと結婚する時には、それなりのグループ会社の副社長くらいには就任しているはずですから。あなたに何不自由させません」
父の凛子さんへの態度に、素っ気ない俺に代わってこれまでどれほどフォローして来たのかが垣間見える。
「い、いえ。私は、創介さんをお支え出来るのであれば、肩書など……」
凛子さんの発言に驚く。
凛子さんは、この縁談に不満はないのか――。
ろくに知りもしない男に嫁ぐことを、半ば親に強制されている。それに反発したい気持ちはないのだろうか。その気持ちが全くないのでは困るのだ。
つい、じっと凛子さんを見てしまう。
「まずは正式に婚約をして、式を挙げるまで二人でゆっくり準備すればいい。凛子さんも大学を卒業してまだ二年。一人の自由を味わいたい年頃でしょう。恋人同士という期間があるのも、またいいものだ」
父がそんなことを言った。
「榊さん、うちの凛子はいつでも嫁いで行けるように準備してありますから。そのようなお心遣いは必要ありませんよ」
暗に、”これ以上待たせるな”ということだろうか。
政治家が政治をするのには、とにかく金がいる。後ろ盾に丸菱グループがあるのとないのとでは雲泥の差だろう。
宮川家もこの結婚を急いでいる。これ以上、ここで無駄な会話をしても意味はない。
「結納の時期ですがね――」
「すみませんが、よろしいでしょうか」
親同士が会話を進めるのを遮った。その場にいた皆が俺を一斉に見る。
「凛子さんと僕は、まだまともに会話すらしたことがありません。どのような方なのか分かりませんし、凛子さんも僕のことを知らないでしょう。お互いを理解しないことには始まりません。どうか、ここは、僕たちを二人にしていただけませんか?」
宮川氏を真っ直ぐに見て、そう告げた。
「……なるほど。確かにそうね。こういうものは、普通親の方が『そろそろ若い方たちで』って言ってあげるものよね」
凛子さんの母親の方が口を開く。
「そうだな。気が利かなかったね。二人で少し出掛けてくるといい。創介君、よろしく頼むよ」
「はい。お任せください。では凛子さん、行きましょう」
「え? あ、は、はい」
目をばちくりとさせる凛子さんに構わず、にこりと微笑んで見せた。
「きちんとご自宅までお送りしますので」
そう親たちに向けて言うと、父が俺の顔をじろりと睨みつけていた。
”いったい、何を企んでいる?”
そう、目が訴えている。
これまで、父に逆らって来たことはない。人生で初めて、父の指示に背くことになる。