二度と会えない、いつかの君へ。
第一章
「あ、起きた。おはよー。」
「おはようじゃない!誰!?何で見知らぬ男が部屋にいるわけ!!?てかどっから入ったの!!?」
腹が立つほど透き通ったボーイアルトの声の男の子だ。
「あー、ごめんごめん。僕さ、ユーレイらしいんだよねー。」
「........は?」
完全なる理系の私。
お化けとか怪奇現象とか、そういうものは一切信じないたちだ。
「冗談やめて出てってよ。」
冷たくそう言い放つ。
「ちょちょちょっと待って!ほんとなんだって!触ってみてよ!」
「はあ?」
差し出された腕に躊躇なく触れる。だけど、人肌の感触はなく、するりと通り抜けてしまった。
「........え」
それでも、姿ははっきり見えるし、声も聞こえる。
柔らかそうなサラサラした黒髪。
濁りのない透き通った瞳。
ニキビひとつない、綺麗な白い肌。
身長百六十センチの私よりも頭一つ分高い身長。
「ほら、足も透けてるんだよー。」
確かに彼の足は透けていて、後ろのものが見える。
さすがにここまで証拠を見せられたら、疑えなかった。
「あんたがユーレイなのは分かった。で、何でここにいんの?」
本人には悪いけど、すぐに出て行ってもらわないと困る。
一応、男と女だし。........片方ユーレイだけど。
「それがさぁ、気づいたらここにいて。僕もよくわかんないんだよね。なんでここにいるのか以前になんで死んだのかすらわかんないし。」
「..............」
頼りにならなさすぎる。
「名前は?」
こんなこと聞くつもりじゃなかったけど、呼び名がないと困る。
「それも覚えてないんだよな―......。」
嘘をついている顔ではなかった。
「........じゃあ、ユウでいいや。」
「ええ!?適当!」
「ユーレイなんだから分かりやすくていいでしょ。」
子供っぽくわめいているユウを無視して、髪の毛を梳かす。
「着替えるから出てって。」
「はあーい。」
おとなしく出て行ってくれたユウを尻目に、さっさと私服に着替えて、簡単に部屋を片付けた。
朝ご飯を食べるため、リビングに出る。ユウはソファでテレビを見ていた。
キッチンでトーストを焼き、ハムエッグを作る。
「ユウ、ご飯食べる?」
ユーレイにはご飯なんていらなさそうだけど、一応聞いた。
「んーん、僕はいいよ。ありがと。」
やはりユーレイに食事は不要らしい。
私は一人分のご飯を用意して、お盆に乗せた。
「自分でご飯作るのえらいねー。」
ひょこっと横から覗き込まれた。
「別に普通でしょ。」
隣で食べるのを見られていると妙に居心地が悪かった。
「........何で見てるの」
「見ちゃダメ?」
下心のなさそうな濁りのない瞳。
(なにこの純粋な生き物)
「........勝手にすれば」
どうにも素直になれない。
「冷たいなぁー。」
そう言いながらもニコニコしているユウを見ていると調子が狂う。
もぐもぐとパンを頬張りながら、ふと気づく。
「........それ、どこの制服?」
ユウは制服姿であることに。
「たぶん通ってた学校のじゃないかな。」
それ以外に何があるんだよ、と突っ込む。
「どこの学校か分からないの?」
聞きながら、自分の名前も覚えていないのに学校なんて覚えているわけがないと思った。
案の定、ユウは首を横に振る。
制服はどこにでもありそうな白いワイシャツに黒のズボン。ネクタイはつけていないから、学校を特定するのは無理だろう。
「何も覚えてない?自分のこと。」
ユウはうーんと首をひねって、パッと顔を綻ばせた。
「十四才ってことは覚えてる!」
私は高二だから、ユウの方が年下だ。
「それって........なんていうか、十四才だった、ってこと?」
ユーレイになってしまってからの時間はカウントするのだろうか。
「うん、十四才のまんまで止まってるから。」
つまり、ユウが生きていたらおそらく十四才ではないということだ。
「あれ、ちょっと待って。僕君の名前まだ知らなくない?」
突然そんなことを言い始めたユウ。
「ああ、河合七海だよ。」
とくに濁すことでもないと思ったので、サラッと答えた。
「ななみ、かあ......いー名前じゃん。」
「何よ、年下のくせに。」
憎まれ口をたたきながらも、少しだけ嬉しかったのは内緒だ。
「ねえ、七海ちゃんって部活とかやってないの?」
「部活?」
キラキラ目を輝かせて聞いてくるユウには申し訳ないけれど、私はそんな青春っぽいjkライフを過ごしているわけではない。
「残念だけど中一から帰宅部です。」
「ええーっ......」
ユウは不満そうに唇を尖らせた。
「それにしてもあんたいつまでここにいるつもりなのよ。」
正直言って、正体もよくわからない、ユーレイとは言え異性をいつまでも家に置いておくわけにはいかない。
「でもどこにいけばいいか分かんないよ。」
ユウは困り切ったような顔をする。
「......しょーがないなあ、じゃあ死ぬ前のユウのこと一緒に探しに行くよ。」
半ばやけくそだった。
「本当!!?」
ユウはものすごくわかりやすい。感情が全部顔と声と態度に出る。
「ほら、じゃあもうご飯食べ終わったら行くから準備して。」
「今日行くの!?早!」
ユウは慌てて寝転がっていたソファから飛び起きた。
「私はあんたのことすぐ追い出したくてやってるだけだからね。」
優しいとかいう変な誤解をされても困る。
「そっかそっか、七海ちゃんはツンデレなんだね?」
「殺されたいの?」
「すみませんでした。」
何なんだこのやり取り、と一人心の中で突っ込んだ。