二度と会えない、いつかの君へ。
外に出ると、むわっとした熱気が体を包み込んだ。
まだ朝八時だというのにこの暑さでは、この先の日本の行く末が心配になる。
空は目に毒なほど真っ青で、キンと澄み渡っている。
「田舎だねー。」
ユウがなんの他意もなさそうな声で言った。
肯定したくはないが、否定もできない。
なんといったって、家を出て真っ先に目に飛び込んでくるのが、視界いっぱいの緑だ。
雲一つない青空と緑の田んぼはよく映えるが、近くにコンビニがぽつんと一軒あるだけのこの町が不便極まりないことに変わりはない。
「歩いて十分でコンビニがあるだけましだよ。」
「ていうか、どこ行くの?」
「中学校。」
学生服を着たユウと一番関係のある場所と言えば、学校しかないだろう。
「でも僕、たぶん住んでたのここらへんじゃないと思うんだよねー。」
知らんがな。
「じゃあどこ行けばいいのよ。」
「えー......」
渋るユウを引っ張って無理やり中学校へと向かう。じりじりと照り付ける太陽の光の強さに、帽子をかぶってくればよかったと今更ながら思った。
隣のユウをちらりと見やると、特に汗をかいたり熱そうにしている様子はないので、温度なども感じないのかもしれない。
「.........」
そんな姿を見ても、やっぱりユウがユーレイだとは簡単には信じられなかった。
そもそもユーレイが本当に存在するのか、という話でもある。
「...ねえ、ユウが死んだのっていつなの?」
デリカシーがない質問だと言いながら思ったが、ユウのことを何も知らない状態で探すなんて無理だ。
「ん?んー...、たぶん2年ぐらい前じゃないかな?」
「めっちゃ前じゃん。」
二年前とはなんとも微妙な長さだ。とすると、生きていたら高一。やはり私よりも年下だった。
「ねえ、学校までどのくらいかかるの?」
「え、三十分ぐらいだと思うけど。」
卒業してから全く行っていないので記憶はあやふやだが、確かそのくらいだった気がする。
「三十分かぁー。遠いなー」
「そう?」
これが普通だからか、遠いとも何とも思ったことがない。さすがに近いとまでは思わないが.....。
生ぬるい風が私たちの間を通り過ぎて、さわさわと田んぼを揺らした。
ユウは物珍しそうな顔をして、あっちへ行ったりこっちへ行ったりふわふわしている。気楽そうでいいな、と思いかけて、そうでもないかと思い直す。自分がどこの誰かも分からないなんて私だったら絶対に嫌だ。
「暑い......」
額に浮かぶ汗をぬぐい、はぁーっとため息を吐いた。
自転車で行ってもよかったかもしれない、と今更引き返せない距離まで来て思う。
どうせユウは空を飛べるから、スピードが速くてもついてこれただろうし。
「さっきから暗いなぁー。」
ユウはにこにこしながら話しかけてくる。こっちの気も知らないで。
「この暑い中歩くだけでどれだけ体力が消耗されるかもわかってないくせに......」
ぼそっとつぶやいた言葉は、どうやら聞こえていたらしい。またへらへらした顔で憎まれ口をたたかれるのかと思ったら、綺麗な瞳の奥に、ほんの少しだけ、傷ついたような色が見えた。
「......あは、ごめん、」
自分には『暑さ』がわからない。ユーレイだから。
改めて、それをはっきりと、痛いほどに実感した顔だった。
いくらイライラしたからと言って、八つ当たりのようになってしまったのは申し訳ない。
私は少し反省しながら、ユウがその長い睫毛を伏せて、暗い顔をしているのを見つめていた。
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