アンコール マリアージュ
 「では新郎は、新婦のベールを上げてください」

 真菜は、えーっと、と心の中で思い出しながら、右足を少し後ろに引いて両膝を曲げ、ドレスの前で両手を揃えてうつむいた。

 新郎が、ゆっくり真菜の顔にかかったベールを両手で持ち上げる。

 (なるべく大きく遠くにね、そうそう。ベールが折れたりしてないか確認して、肩に残ったベールを後ろにやってから、そっと新婦の両手を握って真っ直ぐ立たせる…そう!良く出来ました!)

 綺麗にやるのは難しいベールアップを、完璧にやってくれた事に感激して、またしても真菜は新郎に笑顔を向ける。

 だがしかし…

 「では、誓いのキスを」

 牧師の言葉に、サーッと顔色が変わる。

 (や、やるの?やらなきゃだめ?大勢の前で、こんな、どこの誰とも分からない人と?)

 戸惑う真菜とは対照的に、新郎は落ち着いた様子で真菜の両肩をそっと引き寄せる。

 (えーい、仕方ない。でも、ほっぺだからね!ね!)

 取り敢えず目でそう訴えてから、真菜は少し首を傾げて右の頬を新郎に向けた。

 新郎が顔を近付け、真菜の右頬に唇が触れそうになったその時、真菜は、あっ!と思い出した。

 『誓いのキスを頬にする時は、新婦様のお顔が皆様に見えるように、左の頬にしてくださいね』

 いつもそう言って説明していたのに、今自分は右頬を向けている。

 逆だ!と思って慌てて向きを変えようとした真菜の動きは、ちょうど真ん中で止められた。

 (…え?顔が正面。左頬じゃなくて正面で止まってる?正面、口と口…いわゆる口づけ)

 ぱちぱちと瞬きをしながらも、いつものセリフが蘇る。

 『キスはすぐに離れないでくださいね。ゆっくり心の中で3つ数えてください』

 (そう、ゆっくり数えるの。いち、に、さん)

 そして真菜はようやく顔を離した。

 (キスは3秒。うん、ちゃんと3秒止まってたもんね。ん?キス?)

 ぼんやりしながら、促されるまま結婚証明書にサインをし、牧師が、二人が夫婦となったことを高らかに告げると、列席者から拍手が起きた。

 梓が近づいてきて、そっと真菜に手袋とブーケを渡す。

 オルガンの演奏が始まり、大きな拍手に包まれながら、真菜は新郎と並んで退場していく。

 列席のお客様から、真っ白な花びらのフラワーシャワーを浴び、顔に営業スマイルを貼り付けたまま、真菜はチャペルをあとにした。
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