アンコール マリアージュ
 「ファーストキスだって、私の理想があったのにー!綺麗な夜景が見える、海沿いのみなとみらいの観覧車の中で、ちょうど1番高い所に来た時に、そっと肩を抱かれて…って」

 ファーストキスは、やり直せないんだからねー!と、手足をバタバタさせながら布団に顔を押し付けて叫ぶ。

 (大体あの人、誰だったんだろう…)

 完璧に新郎役をこなした、あの長身の男性を思い出す。

 模擬挙式のあと控え室で呆けていると、久保がやって来て真菜を労った。

 「良くやってくれたわ!このあとは、裏方の業務だけやってくれればいいから」

 そう真菜に言ったあと、新郎役の男性に頭を下げていた。

 「急な事とはいえ、上司の方にこのような役をお願いするなど、大変ご迷惑をおかけしました。引き受けていただき、本当にありがとうございました」

 そして、清水様の接客があるからと、久保は早々に控え室を出て行った。

 男性は更衣室でスーツに着替えると、衣裳を希に渡して無言で出口に向かう。

 ありがとうございました、と頭を下げる希に続いて、真菜も立ち上がって礼を言った。

 ふう、とひと息つくと、希は真菜の髪からたくさんのピンを外しながら、いきさつを話し始める。

 あの時、誰でもいいから新郎役を!とオフィスに飛び込むと、ちょうどエリア統括マネージャーがブライダルフェアの様子を見に来ており、隣に立っていた如何にもイケメンのあの男性に白羽の矢が立ったらしい。

 「もうさ、一分一秒を争う感じだったじゃない?だから、とにかく着替えて下さい!事情はあとで話します!って、強引にお願いしたの」

 模擬挙式の新郎役をやって欲しいと告げると、エリア統括マネージャーは慌てて止めようとしたが、その男性はひと言、分かったと頷き、すぐさま着替えてチャペルに走ってくれたらしい。
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