アンコール マリアージュ
 「準備がいらないもので、プロポーズのあとに…って、ひょっとして、キスか?」

 真菜が一気に顔を赤らめる。

 「そうか、なるほど。でもそれは、今、俺とやる訳にはいかないよな。本当に好きな相手とじゃないと」
 「ううん。それももう、叶わないんです」
 「どうして?好きなやつが出来れば、その時にそいつとキスすればいいだろう?」
 「だって、私がここで夢見てたのは…その、ファーストキスだったんだもん」
 「そうか。じゃあ、好きな相手の為に、大事にとっておけばいい。そいつといつか、ここに来ればいいだろう?そうすれば、お前の夢も…」

 思わず真は言葉を止める。
 真菜が、信じられないと言わんばかりに目を見開いて、真をじっと見ていた。

 「ん?どうした?俺、何か変な事言ったか?」

 真菜は、グッと唇を噛み締めたかと思うと、もう、知らない!と背を向けて去ろうとした。

 「待て!真菜!」

 そう言って真も引き留めようとする。
 そして二人は気が付いた。

 「あ…」

 ここは観覧車の中。出て行くなんて出来ない。

 真菜は、んん!と咳払いをしてから、再び座り直した。

 観覧車は、ゆっくりゆっくり下っていく。

 「あの…真菜?」

 真が堪らず声をかけると、真菜は、キッと鋭い目を向けてきた。

 「ストップ!今は一時停止でお願いします!」
 「あ、ああ。ドラマでいう、CM中みたいな?」
 「そうです。何も動きはありません」
 「わ、分かった」

 真は大人しく、観覧車が地面に到着するのを待つ。

 (しっかし遅いなー、観覧車の動きって。気まずい雰囲気で乗ると、地獄の空間だな)

 辛抱強く待ち、ようやく地上の係員の姿が見えて来た。

 「では、CM明けますので」
 「あ、ああ」

 係員が外から扉を開ける。

 「じゃあ、さよなら!」

 真菜は勢い良く飛び出すと、一目散に走り出した。

 「真菜、待てってば!」

 追いかけながら考える。

 (アホか、俺は。CM中でも、捕まえていれば良かったじゃないか)
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