アンコール マリアージュ
 「えっと、朝まず出勤したら、このボードに自分の名前のマグネットを貼ります。ペタッとこう、こんな感じです」

 真菜が壁のホワイトボードを指差しながら説明すると、はい、と頷いて、美佳は『川本』と書かれた真新しいネームプレートをボードに貼る。

 「そしてその横に、今日の業務内容を簡単に書いておきます。私は今日、13時から新規のお客様をご案内する事になっているので、13時〜園田(そのだ)様、上村(うえむら)様と書いてあります。その横の(新)というのは、新規のお客様という意味です」
 「なるほど、分かりました。私は何と書けばいいでしょうか?」
 「うーん…。OJTでいいかな。その横に、私の名前をかっこで付け加えておくといいかも」
 「はい」

 美佳はマーカーを手に取り、早速自分の名前の横に書き込んでいく。

 (齊藤さん)と書く時、何度も真菜のネームプレートを確認している美佳に、ごめんねと真菜は声をかける。

 「難しいでしょ?なんだったら、普通に斉藤でもいいよ」
 「いえ、人様のお名前を間違える訳にはいきませんから」
 「そうね、確かに。私もお客様のお名前は、毎回何度も確認するの。お名前を間違えるなんて、この上なく失礼だもんね」
 「はい。ところで、あの…」

 ちょっとためらうように、美佳が言葉を選びながら聞いてくる。

 「齊藤さんは、その…。社長と血縁関係のある方なのですか?」
 「…は?」

 何の事か一瞬分からなくなった真菜が、すっとんきょうな声を上げると、すぐ近くのデスクにいた久保が笑い出す。

 「あはは!齊藤さんだもんね、社長。美佳ちゃん、オリエンテーションで会社の概要習ったばかりなんでしょ?」
 「はい、そうなんです。社長の他にも、常務とか専務とか、たくさん齊藤さんがいらっしゃって、皆さんこの漢字の齊藤さんで…」

 そう言って、手にしていたファイルから、表紙に『株式会社 プルミエール・エトワール』と書かれた冊子を取り出した。

 「へえー、ちょっと見せてもらってもいい?」
 「はい、どうぞ」
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