アンコール マリアージュ
 「いやだから、例えばの話よ?もしかしたらってだけだからね」

 梓が慌ててそう付け加えるが、真菜は顔を強張らせていた。

 (望まない結婚…。そう言われればそんな感じもするかも)

 思わず、隣に座って熱心にノートに書き込みをしていた美佳に顔を寄せる。

 「ね、美佳ちゃんはどう感じた?さっきの上村様の様子」

 え?と真菜に顔を向けた美佳は、そうですね、としばらく考えてから口を開く。

 「私が見ていた限りでは、新婦様は、ずっと新郎様の様子を気にされていました。齊藤さんがお話しされている間、新郎様は熱心に頷いていらっしゃって、新婦様はそんな新郎様の横顔をずっと見ていらっしゃいました。おそらく齊藤さんのお話は、ほとんど聞いていらっしゃらなかったかも…」
 「そうだったの?」

 話すことに集中していた真菜は、そこまで新婦の様子は分からなかった。

 「なるほどねえ…」

 梓がまた考え込み、久保もじっと宙を見つめて無言になる。

 真菜も心の中で考えを巡らせた。

 (どういう心境なのかな。上村様は結婚したくないのだとしたら…新郎の園田様が式場を予約するのをやめさせたいとか?)

 しばらくして、何かを思い付いたように、梓が真菜に提案する。

 「ねえ、真菜。あなた、フェイクリングしたら?」
 「は?私がですか?」
 「うん。まあ、もしもの場合もあるかなと思ってさ」
 「ないですよー。梓先輩とは違いますって」

 すると美佳が、あのーと小さく手を挙げる。

 「すみません、フェイクリングって何ですか?」

 ああ、それはね、と久保が口を開く。

 「既婚者に見せかけるために、わざと左手の薬指にはめる指輪のことよ」

 ほら、こんな感じ、と梓が左手を美佳にみせる。

 薬指には、シルバーのシンプルな指輪がはめられていた。
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