アンコール マリアージュ
 店長がどうぞと椅子を勧めてくれたが、いや結構と断って、壁際に立ったままオフィスの様子をじっと見守る。

 真菜は、どうやら新入社員らしい女の子にあれこれと説明しながら、デスクでパソコン作業をしていた。

 時折女の子と笑い合ったり、終始和やかに仕事をしている真菜を見て、きっと自分に不審な物を送られたとは考えもしていないのだろうと真は思った。

 (心当たりを聞いたところで、首を横に振られるだけだな)

 このままずっとオフィスの一角に立っていては、目障りなだけだろうと、真はオフィスを出た。

 サロンを抜け、式場に繋がるエントランスに入ると、ぐるっと建物を見渡す。

 (へえ、細部まで凝ったデザインだな。天井も高いし、壁の装飾も可愛らしい。明るい雰囲気も、ガーデンに良く合っている)

 前回は、慌ただしく模擬挙式の新郎役をやるはめになり、じっくり見て回る時間もなかった。

 今日は真菜の様子だけでなく、フェリシア 横浜をゆっくり見るという目的もあった。

 (他店と比べると、やはりここの強みはこのガーデンの解放感だな)

 綺麗に咲く花を見ながら、ガーデンに足を踏み入れた時だった。

 「真さん!」

 急に名前を呼ばれて、驚いて振り返る。

 真菜が、分厚い書類を胸に抱えて、こちらに駆け寄って来るのが見えた。

 「お疲れ様です!珍しいですね、真さんがここにいらっしゃるなんて」
 「ああ。他店はひと通り見学したんだが、ここはまだゆっくり見たことがなかったからな」
 「そうですか。じゃあ、今日はどうぞじっくりご覧くださいね。あ、よろしければ、私がご案内しましょうか?」
 「え、そんな時間あるのか?仕事は?」
 「今日は、午後からしか接客の予定はないので。それにちょうど、私もガーデンを下見に来たんです。今度、ガーデンで人前式を挙げられるお客様が、ブーケセレモニーもご希望なので、列席者の椅子の配置を考えようと思って…」
 「ブーケセレモニー?何だ?それ」
 「あら、真さんもご存知ないんですね。じゃあ、ちょっとやってみませんか?」

 そう言って真菜が、簡単に内容を説明した。
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