これが恋だなんて、知らなかったんだよ。
とくに今だってそこまで気にしているほどのことってわけじゃないけど、ふと知りたくなった。
「犬、飼ってたんだよ。でもお前が生まれる前に死んじゃってな」
「…その犬の名前が?」
「ナッツ」
「……そこはナツじゃないの。ワケわかんない」
この人が保健体育担当の理由が分かった。
本当は常にチョークを持っているような堅苦しい教科を担当したかったが、学力が劇的に足りなかったんだ、ぜったい。
「オスでさ。いつも兄弟みたいに過ごして。死んじまったときは“ナッツが人間だったら良かった、そしたら本当の兄弟になれたのに”って泣いてたけど」
「…うん」
「よくよく考えたら、それってナッツにすげえ失礼だよなって思って」
聞いている側を引き込むのがうまい。
健兄ちゃんはクールなように見えて、わりと会話で生徒と距離を縮めていそうだ。
「ナッツは犬としてこの世に生まれて、犬だったから俺と出会うことができて、犬だからこその幸せがあったはずなのに。
“人間だったら良かった”って、その一言でぜんぶを台無しにしたようなもんだろ」
それはつまり、“ナッツは犬だったから幸せじゃない”と言っていることにもなる。
と、俺でもわかった。