これが恋だなんて、知らなかったんだよ。
知り合いの人間がいると面倒だからと少し目立たない場所にある塾を選んだ俺は、こうして声をかけられることは無かったというのに。
思わず振り返ってはみたが、他校の制服姿の男子生徒は見知った顔ではなかった。
「…どちら?」
「あ、ごめん。他校の人間なんだけど、三好さんもしかして……一ノ瀬 桜乃さんと同じ高校?」
その名前が知らない男から出たことに、胸に湧き出る醜い感情。
そんな資格もない気持ちが少なくとも微かに生まれて、俺は強めに「なんで?」と返していた。
「あ、そーいうんじゃないから。ええっと、彼女づたいの知り合いで。同じバイト先だったりして」
「…そう…なんだ。名前、聞いても?」
「ああ俺?伊武って言うんだけど」
「…いぶ、さん」
気づけば並んで階段を降りて、ビルの外。
なにか俺に話したいことがあるから声をかけてきたんだろう。
じゃ、なんて言って帰ることができる人間性など持っていない俺は、相手に合わせるように様子を見た。
「これ、俺の勝手だから口外はして欲しくないんだけどさ」