これが恋だなんて、知らなかったんだよ。
「彼女さんの前だからって格好つけちゃってえ」
「べっ、別にそんなんじゃねーよ!」
どうしよう、前が見られない…。
まるで重力が後頭部にズドンとのし掛かってきたみたいに、地面に視線を落とし続けるしかできない。
だめ、泣くな、泣いたら負けだ。
ここで見たこと、感じた気持ち、ぜんぶぜんぶ怒りに変えてしまえばいいの。
「桜乃」
久しぶりに呼ばれた名前、取られた腕。
それは心の奥から全身にかけて嫌悪感が溢れ出るほどに気持ちが悪かった。
どうして手を掴んでくるの。
手を繋ぐなんて、そんなことずっとずっとしてくれなかったのに。
そんなにもしてまで隠したいことでもあるの?
「ねえ谷先輩ってばあ~」
「…彼氏、いんだろ。俺の彼女は桜乃だよ」
「……ふふっ。ラブラブで羨ましいねえナツくん」
それは言ってしまえば余裕の笑みだった。
あなたには負ける気がしませんよ、と。
どうせ彼も彼も、あたしを選びますよ、と。
そんなふうに言われたような気がした。