神殺しのクロノスタシスⅤ〜前編〜
「それは…。…その、これを…」

「ん?」

女子生徒は、傍に落ちていたノートを拾った。

あのノートって…。

「明日、一時間目に…イレース先生の小テストがあるのに、ノートを持って帰るのを忘れちゃって…」

「…」

「明日までに取りに行かなきゃ、間に合わないと思って…それで…」

と、しどろもどろになりながら教えてくれた。

成程、そういうことか。

要するに、忘れ物を取りに来たってことだな。

…やれやれ。

事情は分かった。明日テストなのに、勉強道具がなかったらそりゃ焦るよな。

しかも、よりによってイレースの科目。

彼女の試験はいつだって辛口だ。ノー勉で挑むには、あまりに過酷。

赤点だったら、容赦なく補習を受けさせられる。

そんな科目のノートを忘れてしまったら、そりゃ焦りもする。

その気持ちはよく分かる。

…けど。

「あのな、校則は知ってるだろう?消灯時間後に学生寮を出たら駄目だ。いくら忘れ物をしたからって」

「…はい…」

俺にたしなめられて、二人共しゅんとして項垂れた。

怖い思いをしたばかりだろうに、あまり責めるようなことは言いたくないが。

しかし、それはそれ、これはこれだ。

「こんな真っ暗な校舎の中を歩いて、転んで怪我でもしたら馬鹿馬鹿しいだろ?」

小テストで赤点を取るより、余程情けないというものだ。

「…まぁ、今日は怖い思いをしたようだし、大目に見るけど。でも、次はないからな。分かったか?」

「はい…」

「ごめんなさい…」

「はいはい、宜しい」

反省したなら、それで良いんだよ。

怪我がなくて良かった。

「あはは。怒られてんの〜」

「元気出して」

「…」

令月とすぐりは、他人事のようにそう言った。

…あのな、お前ら。

夜間外出の常習犯が、初犯の人間を馬鹿にするんじゃねぇ。

お前らこそ、学生寮のベッドに縛り付けるぞ。

すると、そこに。

「今の、今のは何事!?」

「大丈夫?何があったの?」

「何の騒ぎですか、これは」

「あ、お前ら…」

この場にいなかった、他の教師達。

シルナと天音(あまね)とイレースの三人が、遅れ馳せながらやって来た。
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