神殺しのクロノスタシスⅤ〜前編〜
――――――…その日。

放課後の学院長室にて。

「よしっ、羽久。生チョコサンドクッキーあげる」

「…」

「チョコドリンクもあげるよ。はいっ」

「…」

「はー、美味しいな〜。サクサクした生地と生チョコが合う〜」

「…」

「…?どうしたの羽久?」

「…いや」

お前は呑気なもんだなぁと思ってさ。

そりゃ、お前は良いよ。

既に自分のドッペルゲンガーを退治してるんだからさ。

俺はまだなんだぞ?

いつ何時、自分のドッペルゲンガーが現れるとも知れない。

今頃、俺の顔をした偽物が、生徒にセクハラでもしてたらどうしよう。

ドッペルゲンガーが倒せても、俺の社会的立場が死ぬ。

酷い痛み分けだ。

そんなことを考えていると、全然落ち着かない。

とてもじゃないが、呑気にクッキーサンドに舌鼓を打つ気にはなれない。

全く、その点シルナは呑気なものだ。

目の前にいる俺が、既に本物ではなくドッペルゲンガーにすり替わっているかもしれない、とは考えないのだろうか?

信じてくれるのは有り難いが、あまりの危機感の無さに、逆に不安になってくる。

「いつ何時、俺のドッペルゲンガーが現れるかと思うと…お前みたいに呑気にしてられないよ、俺は」

「なぁんだ…そんなこと?」

そんなこととは何だよ。

そりゃお前は良いよ。もう自分のドッペルゲンガーは退治した後だから。

でも、俺はいつ現れるか分からないんだぞ。

現れるかもしれないし、現れないかもしれない。

悪さをするかもしれないし、しないかもしれない。

とにかく、何も分からないのが辛い。

しかし、シルナはと言うと。

「大丈夫だよ。羽久は偽物とすり替えられたりしないよ」

あっけらかんとして、そう言った。

…何処から来てるんだ、その自信は。

「その前に私が気づくから。大丈夫。羽久は羽久だよ。これまでも、これからもね」

「…あ、そ」

…分かったよ。頼もしいことだ。

お前がそこまで言うなら、俺も多少どっしり構えていても良いかもな。

それで、ドッペルゲンガーへの不安が消える訳ではないが。

不安のあまり右往左往しているより、堂々としていた方が良いに決まってる。

なんとしても偽物には負けないと言う、強い意志を持っていよう。

「さささ、羽久。生チョコクッキーサンドをどうぞ」

それはそれとして、みたいな顔でクッキーサンドを勧められた。

そうだな。

シルナとチョコ菓子を食べながら、ドッペルゲンガーの出現に備えるとしよう。





…すると、そのとき。

学院長室の窓の鍵が、ガチャッ、と開いた。
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