神殺しのクロノスタシスⅤ〜前編〜
その後、女子生徒を学生寮に送り届けたイレースが、校舎に戻ってきた。

夜中に叩き起こされて、皆大変だったな。

誰も怪我してなくて良かった。

…。

…そういえば、この場に来ていない教師が、一人いるけど。

あいつ何処行ったんだ?

まぁ、何事もなかったから別に良いけど…。

「…それで、あの二人は何で悲鳴をあげてたの?」

改めて、天音がそう尋ねた。

あぁ…そっか。

天音達には、説明してなかったな。

「大方、深夜徘徊する元暗殺者組の影でも見つけたんじゃないですか」

イレース、惜しい。

まぁ、大方はそんな感じだ。 

「お化けが出たって言ってたよ」

「は?お化け?」

シルナは、お化けと聞いてきょとんとし。

それから、怯えた様子で突然周囲を見渡した。

「ど、ど、何処にいるの?お化けがいるの!?」

良い歳して、お化けに怯えるな。

「何もいないよ。イレースの言った通り、何かの影をお化けだと錯覚したんだろ」

それほど怖がってたってことだ。

そんなに怖がるなら、無理して忘れ物を取りに来なくても良いものを。

なまじ、校舎の鍵が元暗殺者組の手によって開けられていたから、引き返すに引き返せなかったんだろうな。

全く。校舎の鍵、もっと頑丈なものに付け替えた方が良いか?

それでも、あいつらなら入ってきそうだから怖いよ。

「そ、そっか…。それなら良かった…」

「学生寮を抜け出した上に、幽霊ごときに恐れをなすとは…。全く…」

救いようがありませんね、と溜め息をつくイレースである。

「まぁまぁ、良いじゃない。二人共無事だったんだし…」

「あなたは甘いんですよ、天音さん。初犯だからっていちいち許してたら、キリがありません」

その通りだけども。

「『アメノミコト』の暗殺者が忍び込んだ、って訳じゃないんだから、良いじゃないか」

俺はそう言った。

それに比べりゃ、「忘れ物のノートを取りに…」なんて可愛いものだろう?

「それはそうですけど…」

「なら、今日のところは大目に見てやろう」

怖い思いをしたようだし、何より二人共、反省しているようだったし。

それが何より大事だな。

悪いことをして、悪びれもせずきょとんとしてる令月達に比べれば、余程素直というものだ。

説教はした。反省もした。

なら、俺達教師が他に与えられるものと言ったら、許し以外の何物でもない。

「…全く、あなたも甘いですね」

イレースには、呆れられてしまったが。

二人を無罪放免したことに、後悔はなかった。

「お化け…。お化け、本当にいないんだよね…?大丈夫だよね…?」

「…」

シルナの関心事は、お化けだけなのか?

いないっての。どんだけびびってんの。

何なら、お前のその謎パジャマの方が、俺にとっては余程ホラーだよ。
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