神殺しのクロノスタシスⅤ〜前編〜
きょとんととぼけた顔で、ベリクリーデ…の、偽物はこちらを見上げていた。

「…俺が気づかないと思ったか?」

「…何のこと?何の話?」

あくまでとぼけるか。成程。

まぁ、そうしたいなら好きにすれば良い。

「お前、ベリクリーデの偽物だろう?」

「…」

「『オオカミと七匹の子ヤギ』の…ドッペルゲンガーだったか?…ふざけた魔法道具だな」

本当に、本物と全く同じ容姿。

全く同じ顔、全く同じ声。

これは気持ち悪いな。シルナ・エインリーに同情するよ。

「…答えろ。本物のベリクリーデは何処にいる?」

「…私が本物だよ、ジュリス…」

「黙れ」

偽物の戯言に耳を貸すほど、俺はお人好しじゃない。

「お前が本物じゃないことは分かってる。…これ以上とぼけるなら…消えるか?」

俺は、ドッペルゲンガーベリクリーデの首筋に這わせたナイフに力を込めた。

これが本物だったら、絶対有り得ない行為だったろうな。

だが、こいつは偽物だ。

ベリクリーデの顔をしているだけで、中身は全くの別人。

偽物を殺すことを、俺は躊躇わない。

「…そっか、分かるんだ…。…凄いね」

ドッペルゲンガーベリクリーデは、ようやく認めた。

自分が、ベリクリーデの偽物であることを。

「完璧に騙せてると思ってたのに。…現に、他の人達は騙せてたし」

だろうな。

シュニィ達だけだったら、多分永遠に気づかなかっただろう。

この偽物を、本物だと思い込んでいただろう。

子ヤギのフリをしたオオカミを、本物だと。

だが、俺がいる限り…そんなことは許さない。

残念だったな。

他の奴は騙せても、俺は騙せない。

誰よりもベリクリーデの傍にいた、俺だけは。

「どうして分かったの?いつから?」

「…最初から分かってたよ。朝、お前を起こしに来たときから」

一目見ただけで、あぁ、これは偽物なんだと気がついた。

ドッペルゲンガー最後の一体は、羽久・グラスフィアじゃない。

他でもない、このベリクリーデなのだと。

「私、何かヘマした?」

「概ねは良い演技だったと思うぞ。だが…細かいところは抜けてるな」

姿形は同じでも、言動まで100%真似ることは出来ないらしい。

「ベリクリーデは着替えるときに、わざわざ俺に背中を向けたりしない。堂々と、こっちを向いたまま着替えるよ」

俺を前にして、恥ずかしいという気持ちは全く持ち合わせていないからな。あいつは。

「それだけ?」

「あとは…そうだな。他にも色々あるが…例えば、さっきの干し柿だが」

「?」

「ベリクリーデが、渋柿を見分けられると思うか?あいつなら、まず干し柿にする前に、そのまま齧ってるだろうよ」

「…成程」

ベリクリーデの賢さを見誤ったな。

予想以上にあいつは抜けてるし、予想以上に素っ頓狂なことをするんだよ。

散々付き合わされたからな。痛いほどよく知ってる。
< 170 / 634 >

この作品をシェア

pagetop