神殺しのクロノスタシスⅤ〜前編〜
…毎晩のように、同じ夢を見る。

けど、何度眠って何度同じ夢を見ても、ちっとも慣れない。

モヤに覆われたこの世界が、私にとってどういう世界なのか知らないけど。

これが私の過去なのだとしたら、私はきっと、ここに居たくなかったんだろう。

物凄く、嫌な感じがする。

…気持ち悪い。

記憶喪失の上に、毎日気持ち悪い夢ばかり見るなんて。

私、もしかして、精神的にアレな人なのでは…?

…そんな、不快な夢ばかり見せられて、うんざりしているのに。

最後だけは、違うんだ。

最後。長い夢の一番最後、場面が切り替わったとき。

そのとき私は、ふっと気持ちが楽になる。

そこは嫌じゃないから。

モヤに覆われてはいるけど、そこだけは嫌じゃない。

心が休まると言うか、自分の居場所と言うか…。

…ここに戻りたいなぁ、って思う。

…戻る?

戻るってことは…私は、この世界に居たことがあるんだろうか…?

「…ここに居たいな…」

灰色のモヤに覆われた、その向こうで。

誰かの声が響いていた。

ハッキリ聞こえないけど、でもその声は、私を呼んでいる気がした。

誰かが…私に、手を差し伸べてくれた気がした。

私は、その手を掴もうと自分の手を伸ばす。

あと少し。あとちょっとで届く。

この、優しい声をした人の手に。

…しかし。 

私は今日も、夢の中でその手を握ることが出来なかった。





「ベリーシュ、早く起きなよ」

「…」

…今日も相変わらず、シファちゃんが起こしに来てくれたからである。

「…あとちょっとだったのに…」

「は…?何が…?」

あの優しい人に…あとちょっとで手が届く、ってところで。

毎朝、シファちゃんに起こされる。

起こしてくれるのは、有り難いんだけど…。

…もうちょっと、遅くても良いんだよ?

この際学校に遅刻しても良いから、あの夢の続きを見てみたい…。

あの人に手が届いたら…私は…もしかしたら。

なくした記憶が…戻ってくるかもしれない。

しかし、シファちゃんは、そんなことは知らない。

「全く、最近毎日私が起こしてるじゃん。たまには自分で起きてよ」

やれやれ、と言わんばかりのシファちゃん。

「…うん…」

…何だろう。

前も私はこうして、誰かに毎日起こしてもらっていたような…。

毎日起こしに来てくれたあの人は、一体誰だったっけ…?
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