神殺しのクロノスタシスⅤ〜前編〜
もやもやしながら、私は一階に降りて、リビングルームに向かった。

そこにはいつも通り、パパとママが…。

…いなかった。

パパはいたけど、ママはいなかった。

「ん?起きたか、ベリーシュ」

コーヒーを飲んでいたパパが、顔を上げて私に言った。

部屋に立ち込める、コーヒーの匂い。

私、コーヒー嫌い。

苦いし、変な匂いがするし。

強制収容所にいた頃、紛い物の不味いコーヒーを散々飲まされたから、もう飲みたくない…。

…ん?

…今私、何を考えた?…収容所…?

…駄目だ。思い出せない。

「ママは?いないの…?」

「ゴミを出しに行ってるだけだ。すぐ戻るよ」

あぁ、そういうこと…。

ふーん…。

「…」

私はパパの向かい側の席に座って、用意されていた朝食を摂ることにした。

ママの料理って、どれも美味しいけど。

でも、何だかな…何だか違うような…。

お袋の味じゃないって気がするの。作ってくれてるのはお袋なのに。

私にとって、もっと馴染みのある味は…あれは誰の料理だったんだろう…。

「…ねぇ、パパ。一つ聞いて良い?」

「?どうした?」

「私、生まれたときからここにいたんだっけ?」

「…」

パパは、意表を突かれたような顔をして、じっとこちらを見た。

…私、変なこと聞いちゃった?

でも、聞いちゃったからには、もう引っ込みがつかない。

「どうしたんだ?いきなり…」

「…それは…」

…言っちゃっても良いだろうか?

変な奴だと思われるかも?

…別にいっか、変な奴で。

それで記憶がもとに戻るなら、私はいくらでも変な奴になるよ。

「夢…。…夢を見るの」

「夢?」

「うん。毎日…覚えてるような覚えてないような場所が、スライドショーみたいに流れてきて…」

私は、夢の中の世界をパパに説明した。

上手く言葉に出来ないけど。

「最後に、知らない子が私に手を差し伸べくれるの。あの人は誰なんだろう?あの不思議な夢の世界は、一体何なんだろう」

「…」

「私、どうしちゃったんだろう…?」

パパは私の悩み事をじっと聞いていた。

…頭おかしくなったんじゃないか、って思われてるのかな?

別にいっか、頭おかしくて。

それで夢の内容が分かるなら、どうでも良いことだな。
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