神殺しのクロノスタシスⅤ〜前編〜
しかし、諦めるのはまだ早い。

今のところ、これらの童話シリーズには、ろくでもない目に遭わされてきているが。

もしかしたら、この『人魚姫』は、物分かりの良いタイプかもしれない。

「済みません、間違って開けただけなので、帰ってもらえませんか?」と頼んだら。

「え、そうなの?じゃあ帰るわ」と、平和的にお引取り願えるかもしれない。

その可能性に賭けよう。

「あのな、人魚姫さん。悪いんだけど…」

「さぁ、わたくしの花婿候補はどなたかしら?胸が高鳴りますわ」

無理そう。

平和的にお引き取り願うどころか、久々の現世にうきうきしていらっしゃる。

何だか面倒臭そうなこと言ってるし。

…花婿…?

「羽久さん。あなた、見事に地雷を引き当てたようですね」

と、ナジュ。

マジで…?やっぱり?

俺も、そうなんじゃないかと思ってたところなんだよ。

「あ、あの、学院長先生。あの人魚姫って一体…」

天音がシルナに尋ねた。

「うん…。『人魚姫』の目的は、簡単に言えば恋愛成就」

原作再現だな。

「でも、確か童話だと…人魚姫って、最後に泡になって消えるんじゃなかったか?」

あれって確か、結構悲しい話だよな。

子供に読ませるには、少々凄惨な気分にさせられるストーリーだったような…?

「そうだよ。だからこそ、この人魚姫は恋愛を成就させて、好きな人と一生添い遂げるのが目的なんだ」

あぁ、成程…。

本来の童話では叶わなかった、所謂「それからお姫様と王子様は、いつまでも幸せに暮らしました」的なエンドを求めてる訳な。

しかし、ああいう童話って、何で結ばれたところでエンディングなんだろうな?

結ばれたとこから、波乱万丈な人生ストーリーが始まるのが普通だろ。

まぁ、童話だからな。

結ばれたところでゴールで、結婚後のリアルなゴタゴタは描かないんだろう。

いくら好き合って結婚したからって、一度も夫婦喧嘩しないということはないはず。

…って、今はそんなことはどうでも良い。

それよりも、目の前の人魚姫だ。

人魚って言うか…足、普通にあるけど…。

多分ヒレだったら、歩きにくいんだろうな。

「恋愛成就って…。一体誰と添い遂げるつもりなんだ、こいつ…」

「だから、これから人魚姫が『選定』するんだよ。自分の周りにいる男性の中から、花婿候補を探して…」

…そういや、花婿がどうとか言ってたな。

花婿候補なんて、どうやって選…。

「では、まずあなたから」

「は?」

人魚姫が、ぐいっと俺の顔を覗き込んできた。

びっくりした。
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