神殺しのクロノスタシスⅤ〜前編〜
恥ずかしいラブレターを、恥ずかしげもなく投函した人魚姫は。

早速、次のアプローチに移っていた。

今度は、毛糸と編み針を持ってきた。

何処から持ってきたんだ?それ。学院にそんなもの置いてなかったはずなんだが?

そして、その毛糸と編み針を使って編み物を始めた。

…大体、想像はつくけど…。

「…何作ってんの?」

俺がそう聞くと、人魚姫は、よくぞ聞いてくれた、みたいな顔でこちらを見た。

あ、やっぱ聞かなきゃ良かった。

「それは勿論、アトラス様へのプレゼントですわ」

…さっきまで俺の話、全然聞いてなかった癖に。

自分に都合の良いことは、きちんと聞こえてるんだな。

便利なお耳をお持ちで、羨ましい限りだ。

「プレゼント…ねぇ…」

「これから寒くなる時期ですから、アトラス様にマフラーを編んで差し上げるのですわ」

ふーん。

恋人に送る手作りプレゼントの定番だな。マフラー。

何気にマフラーって、あれだよな。首に巻くものをプレゼントするって、結構重い気がするよ。

しかしお前、何で人魚の癖に、編み物が出来るんだ?

白と赤の毛糸で、せっせとマフラーを編む人魚姫を、しばし白い目で見つめ。

…改めて。

「…忙しそうなところ悪いんだけど、アトラスって実は既婚者なんだぞ」

冷静な今なら、話が通じるかと思ったのだが。

「ふふ、折角ですから、ハート模様を編んでみましょう。やはりピンクが良いですわよね」

相変わらず、自分に都合の悪いことは聞こえないらしい。

本当、羨ましい耳だよ。

あと、まだ恋人でもないのに、ハート模様のマフラーは重くね?

いくら出来が良くても、使ってもらえるとは思えない。

つーか、アトラスがマフラー巻いてるの、見たことない気がする…。

使ってもらえるのか?それ…。

「ふふふ…。待っていてくださいませ、アトラス様…」

「…」

駄目だ。人魚姫、全然聞いてない。
< 245 / 634 >

この作品をシェア

pagetop