神殺しのクロノスタシスⅤ〜前編〜
…聞いてないようだから、目の前で堂々と喋らせてもらうぞ。

「シルナ…どうする?」

「う…。うーん…」

シルナも、この渋い表情である。

この、人の話を聞こうとしない人魚姫を、俺とシルナで持て余す毎日である。

シルナもシルナで、折を見ては、人魚姫に「アトラスは既婚である」という事実を伝えてはいるのだが。

全然、聞く耳を持たない。

俺が言ってもシルナが言って聞かせても、どうやらこの人魚姫、自分に都合の悪いことは全く聞こえないらしい。

ちなみに、この人魚姫の話を聞いたイレースの反応はと言うと。

人魚姫がアトラスに恋をしたと聞くなり、「それは馬鹿ですね」と一言言って、人魚姫の存在そのものを無視している。

イレースも、人魚姫の恋は絶対に叶わないと悟ったらしい。

そりゃそうなる。アトラスとシュニィの二人を知っている者なら、誰でも無謀だってことは分かるだろう。

分かってないのは人魚姫だけだ。

…それはともかく。

「シュニィに…事情、説明した方が良いよな…?」

「そうだね…。ラブレターがアトラス君の手元に届いて、それをシュニィちゃんが見ちゃったら…良い気はしないもんね」

下手したら、修羅場になりかねんからな。

旦那に言い寄る女が現れたら、誰であれ不快だろうし…。

…よし。

「シルナ、俺ちょっと…シュニィのところに行ってくる」

この間は、ろくすっぽ何も説明出来ないまま、逃げ帰ってきてしまったからな。

改めて、シュニィに事情を説明してくるよ。

こういうことがあったから、宜しくって。

「一人で行くの?私も行くよ」

「いや、お前は…これ以上、人魚姫がろくでもないことをしないかどうか、見張っててくれ」

人外生物を、野放しにしてはおけない。

「でも…羽久…」

「大丈夫だ、すぐに戻るよ」

俺だって、人魚姫を放置しておくのは気持ち悪いからな。

シュニィに事情を話したら、出来るだけ早く戻る。

俺は一人で、イーニシュフェルト魔導学院を後にした。
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