神殺しのクロノスタシスⅤ〜前編〜
さて、ここからが本番だ。

「『人魚姫』の目的は、人魚が目をつけた特定の男性と結ばれて、結婚することらしい」

「そ…そうなんですか。…凄いですね…」  

人魚と結婚なんて、願い下げだよなぁ。

「そして今回、人魚姫が目をつけたのが…お前の旦那だ、シュニィ」

「…え?」

「人魚姫の奴、アトラスのことが好きなんだってさ。それで、アトラスにアタックを仕掛けて、結婚しようとしてる」

「…!?」

…そりゃ、そんな反応になるよな。

申し訳ない。

「…ごめんな、本当…。アトラスが既婚者だって、何度も伝えてるんだが…聞いてもらえないんだ」

何せ、都合の悪いことは全てシャットアウトする、便利な耳をお持ちだからな。

何回、アトラスが既婚であると伝えても…全く耳を貸さない。

「あ…アトラスさんと結婚…。あの人魚さんがですか…?」

「勿論、本当に結婚する必要なんてない。人魚姫の戯言だからな。好きにさせておけば良い」

どっちにしても、アトラスはシュニィ以外の女性には、目もくれない。

そんなことは分かりきっている。

「いくら言っても聞かないんだから、こうなったらもう、自分で分からせるしかない」

アトラスにどれだけ言い寄ったって、全く相手にしてもらえないんだってことを。

アトラスには既に、彼が心に決めた相手…シュニィ…がいるのだということを。

「どれだけアタックしても、アトラスが振り向いてくれることはないって分かれば、人魚姫も諦めるんじゃないかと思うんだが」

「…はぁ…」

困惑した表情のシュニィである。

本当に申し訳ない。

「人魚姫が諦めるまで…しばらくの間、我慢してくれないか。お前にとっては、不快なことが続くかもしれないが…」

「…そう…ですね。いえ…私は大丈夫です」

…ごめんな。

「私が我慢することで、皆さんを助けられるのなら…いくらでも我慢しますよ」

内心、もやもやしているに違いないのに。

シュニィは健気にも、微笑んで言ってみせた。

器の大きさが、人魚姫と雲泥の差。

「ごめん…。本当ごめんな」

「そんな…羽久さんのせいではありませんよ」

いや、貝殻開けちゃったの俺だからさ。

責任感じてるんだよ。物凄く。

「さすがに、強引な色仕掛けを仕掛ける…ってことはないと思うが…」

今のところは、ラブレターと、手作りマフラーで我慢してるからな。

それくらいなら、まだ…いや、充分鬱陶しいとは思うけど…まだマシだ。

いつまでもアトラスが相手にしなかったら、何をしでかすか分からない。

アトラスの寝室に、勝手に侵入したりするかもしれない。

逮捕されてしまえ。

「どうしても耐えかねるようなら、教えてくれ。俺とシルナの方でも、何か対策を立てられないか相談しておくから」

「分かりました。ありがとうございます、羽久さん」

礼なんて言わないでくれよ。

悪いのは、俺なんだからさ。
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