神殺しのクロノスタシスⅤ〜前編〜
「アトラス様、マフラーは使ってくださっていますか?」

「ん?マフラー?」

「先日、お送りしましたでしょう?」

「…あぁ。あれを送ったのはお前だったのか」

ようやく、マフラーの送り主と対面するアトラスさん。

…どうしよう。

人魚姫さんが、「わたくしの手紙、お読みになりました?」なんて聞いたら。

まさか、手紙を勝手に盗んだなんて知られたら…。

しかし、幸いなことに、人魚姫さんはラブレターのことには触れず。

「つけてくれていますか?」

マフラーをつけてくれているかどうか、が気になるらしい。

いや、それはそれで…聞かれたら困るんですが…。

「あぁ。シュニィにあげた」

「…」

…アトラスさん…。

あなたという人は…そんなあっさりと…。

人魚姫さんが傷ついたのではないか、と思ったが。

「今は、新たにセーターを編んでるんですのよ」

都合の悪いことは、何も聞こえない仕様なのでしょうか。

何事もなかったかのように会話を続けていた。

…この人魚姫、出来る…!

「そうか。気持ちは有り難いが、別に無理に作らなくて良いぞ」

「いいえ!無理なんて、全く。アトラス様の為にすることに、無理なんてありませんわ」

人魚姫さんは、にこにこと会話を続けていた。

マフラーを他人に譲渡され、新たに作成中のセーターも、別に要らないと言われ。

それでも諦めず、にこにこしていられる人魚姫さん。

なんてタフなんでしょう。

それにしても…次はセーター、ですか…。

こちらも、恋人に渡すには定番のプレゼントですが…。

…やめて欲しいですね、私としては…。

それとも、私も対抗して…セーターを編んでみましょうか…?

なんて…愛人候補と張り合うなんて、屈辱でしかありませんが。

しかし。

この日の人魚姫さんは、マフラーやセーターどころではなかった。

「アトラス様、わたくし、アトラス様に渡したいものがあって来たんですの」

「?渡したいもの?」

「はい!…これ…お弁当ですわ」

そう言って、もじもじとトートバッグを差し出す人魚姫さんを見て。

私は、頭を殴られたような衝撃を受けた。
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