神殺しのクロノスタシスⅤ〜前編〜
だって、俺もシルナも分かっている。

人魚姫の恋は、絶対に叶うことはないのだと。

アトラスがシュニィを捨て、ぽっと出の人魚姫を選ぶなんて有り得るはずがないだろ。

天と地がひっくり返っても、有り得ない。

シルナがいきなり、「私はチョコレートが大嫌いです」と言っても信じないだろ?

有り得ないだろ?そんなこと。こんな頭の中まで、チョコがたっぷり詰まっているような男が。

それと同じだ。

頭の中まで、シュニィへの愛情でいっぱいのアトラスが。

何処ぞの馬の骨、ならぬ…何処ぞの魚の骨とも知らない人魚姫に、横恋慕するはずがない。

好意を寄せられていることにさえ、気づいてないんじゃないのか?

普通なら、何度かアプローチをしてみて、良い反応が得られなかったら。

「相手は自分に好意を持っていないのかもしれない」と、そろそろ気づきそうなものだが。

人魚姫の勢いは、この三週間、全く衰えることを知らない。

むしろ、勢いを増している始末。

お前、自分が相手にされてないこと、気付けよ。

そもそも何度も言ってるように、アトラスは既婚者なんだよ。

シュニィと結婚してんの。左手に指輪嵌めてんじゃん。見えないのか?

…見えないんだろうな。

この人魚姫、非常に厄介なことに。

自分にとって都合の悪いことは、一切聞こえないらしい。

鼓膜に、便利なフィルターでもついてるんだろう。羨ましいことだな。

お陰で、人の話を全然聞かない。

そして、一人で大暴走を繰り返している。

色々やってたぞ。この三週間で。

恋する乙女のエネルギーは、凄まじいものがある。

初っ端は、ラブレターから始まり。

その後、アトラスにあげるんだと言って、マフラーを編み始めたり、マフラーが出来たらセーターを編み始め。

手作りの、魚介たっぷり弁当を作ったり。

それだけじゃない。

魚の形をしたクッキーを作って、アトラスに渡したり。

貝殻のネックレスを作って、それもアトラスに渡したり。

そりゃあもう、やりたい放題。

…しかし、無駄に器用だよな。

本当に童話のお姫様か?お前…。

色々作ってはプレゼントする、その努力とやる気は認める。

凄く頑張ってると思うよ、お前は。無駄にな。

凄く無駄に頑張ってる。それは認める。

でもその努力、無駄なんだよ。残念なことにな。

お前がいくら、アトラスに思いを伝えようと。怒涛のプレゼント攻撃を敢行したとしても。

たった一人、シュニィの存在の前には、全くの無意味。

その辺りのことを、俺は再三説明しているのだが…。

便利なフィルターに弾かれて、俺の言葉は全く届いていない。



…それどころか。
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