神殺しのクロノスタシスⅤ〜前編〜
しかし、そんなことは全く気に留めない人魚姫。

「わたくし、アトラス様にプロポーズして参りますわ」

真珠の指輪を胸に抱き、意気揚々と宣言。

いや…やめとけって。

…よし。

人魚姫の恋も、そろそろクライマックスっぽいし…。 

その前に、俺から最後通牒だ。

「…良いか、お前。よく聞け」

俺は、真っ直ぐに人魚姫の目を見て言った。

「都合の悪いことを聞き捨てようとするな。ちゃんと聞け、お前の為だからな」

そう前置して、俺はすぅ、と息を吸った。

よし、言うぞ。

「…何度も言ってるだろう。アトラスは既婚なんだ。結婚してるんだよ、既に。シュニィっていう別の女と」

「…」

「アトラスはシュニィにべた惚れなんだ。お前がいくら割って入ろうとしても無駄だ。アトラスがお前の思いに応えることは、絶対に有り得ない」

…この上なく、はっきりと伝えさせてもらったぞ。

ここまで言えば。これだけ言えば、さすがに人魚姫も気づ、

「それでは、わたくしプロポーズに行って参りますわ」

…何事もなかったように、スタスタと歩き去った。

…駄目だった。

全然聞いてなかった。

あの「都合の悪いこと遮断フィルター」、有能過ぎないか?

思わず、俺も欲しくなってくる便利機能。

あれだけ言っても駄目なのか…。全く聞く耳を持たない…。

「…シルナ…どうしよう?」

「う、うん…。どうしようね、本当…」

ここまで言って駄目なら、もう俺達に出来ることは何もない。

あとは、アトラスがばっさりとプロポーズを断り。

人魚姫に、現実というものを教えてくれることを祈るしかない。

「…一応、見届けに行くか」

「…後をつけるの?人魚姫の…」

人聞きの悪いことを言うな。

「俺には、あの『人魚姫』を復活させてしまった責任があるんだよ」

「そ、そう…。別に君のせいじゃないと思うけど…。…でも、羽久がそう言うなら、私も付き合うよ」

そりゃどうも。

じゃあ、俺とシルナも…人魚姫の恋路を見届けに行くか。
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