神殺しのクロノスタシスⅤ〜前編〜
…呆気なかったなぁ…。

いやぁ、儚いもんだ。恋愛というのは。

「…」

ここに来て。

非常に有能だった人魚姫の「都合の悪いこと遮断フィルター」に、傷が入った。

人魚姫はポカンとして、アトラスを見つめていた。

愛しい人の言葉なら、さすがに聞こえなかったフリは出来なかったようだな。

プロポーズの場面だもんな。さすがにな。

その顔を見るに…まさか、断られるとは思っていなかったらしい。

ふっ。ざまぁ。

だから何度も言っただろう。アトラスに恋をするなんて、無謀だと。

「…何を仰っているんですの?アトラス様…。さぁ、指輪を受け取ってくださいませ」

負けじと、人魚姫は真珠の指輪を差し出す。

しかし。

「要らない」

指輪ごときで、心が揺れ動くアトラスではない。

当たり前だが。

「お前がどういうつもりなのかは知らないが…。俺にはシュニィがいる。シュニィ以外の女を、俺の横に置くつもりはない」

だよなぁ。

お前はそういう男だよ。

「…はっ!しかしアイナは別だぞ!分かってると思うが!」

分かってるから大丈夫だよ。

「…シュニィ…?アイナ…?それはどなたですの?」

人魚姫の奴、ようやく耳がまともに機能し始めたようだな。

結構なことだ。

「シュニィは俺の嫁で、アイナは俺の娘だ」

何故か、自信満々のドヤ顔で答えるアトラス。

何故ドヤ顔?

「そして、レグルスという息子もいるぞ!」

補足は良いから。

「シュニィ…。それが、あなたの花嫁ですの…?」

「あぁ、そうだ。ここにいるのがシュニィだ」

と、アトラスは傍らのシュニィを紹介した。

相変わらず、ドヤ顔だった。

「どうだ、シュニィは。世界一の美人だと思わないか?」

「あ、アトラスさん。何言ってるんですか」

頬を赤く染めて、慌ててアトラスを咎めるシュニィだが。

勿論、アトラスはそんなことは意に介さない。

「何言ってるも何も、俺は事実を言っているまでだ。シュニィ以上の美人なんて、この世に存在しない。お伽噺のプリンセスだって、シュニィに比べれば月とすっぽんだな!」

…嬉しそうで何より。

お伽噺のプリンセス、目の前にいるけど。

だってさ、人魚姫さんよ。

もうお前、全く勝ち目が見えないぞ。
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