神殺しのクロノスタシスⅤ〜前編〜
シュニィには勝らずとも、それなりに整っていたはずの人魚姫の顔が。

今ではすっかりと歪み、眉間に皺を寄せていた。

怖っ。

憎しみに歪む女の顔…怖っ。

しかし。

「その女が…アトラス様の花嫁…ですの?」

「あぁ。シュニィは全世界で最高の妻だぞ!美人で賢くて優しくて、おまけに美人だ!」

美人だけ2回言ったぞ。

「しかも、二人の可愛い子どもまで、俺に授けてくれた。誰にも文句はつけさせない。全世界で最高の妻だな!」

また2回言った。

よっぽど、最高の妻なんだなってことは分かる。

幸せそうで何より。

これには、シュニィも顔を真っ赤にして俯いていた。

「…わたくしが…その女に劣っていると…?」

幸せそうな、アトラスとシュニィのルシェリート夫妻とは裏腹に。

人魚姫は、阿修羅のような形相でシュニィを睨んでいた。

怖っ。

あれがお伽噺のお姫様の顔かよ。

子供達、泣いて逃げるぞ。

「あばばば…。大丈夫かな…」

どろどろとした女の嫉妬を前に、シルナもビビりまくっている。

俺だって怖ぇよ。

しかし、アトラスとシュニィは。

「あ、アトラスさん…。大袈裟ですよ」

「大袈裟なものか。紛れもない事実だろう?堂々と誇ると良い。お前は最高の嫁だ!」

「そ、そんな…」

…イチャつきやがって、お前ら。

人魚姫の前なんだぞ。分かってるか?

こんなノロケを見せられたら、人魚姫じゃなくても溜め息出るわ。

夫婦喧嘩は犬も食わないが、夫婦の惚気話も同じくらいうんざりするな。

やってる当人達は楽しいんだろうけど。

「こんな女に…わたくしが劣るなど…」

ゆらり、と。

人魚姫の影が、おぞましく揺れた。

…ちょ……大丈夫か?

バキッ、と音がした。

何の音かと思ったら、人魚姫の手のひらの中にあった真珠の指輪が、粉々に握り砕かれていた。

…あ…握力だけで潰したのか?指輪だぞ?

一体どんな怪力だ?

ちょ、お前らイチャついてる場合じゃな、

と、思わずツッコミを入れかけたそのとき。

「…そんなこと、絶対に許しませんわ」

人魚姫が、強い殺気を放った。
< 273 / 634 >

この作品をシェア

pagetop