神殺しのクロノスタシスⅤ〜前編〜
「何するんだよ?」

俺は、苛立ち紛れに振り返った。

すると、シルナが驚愕に目を見開いて、がくがくと震えていた。

は?

「い、い、今、何か…」

シルナは震える手で、廊下の先を指差した。

涙目だった。

「は…?何かって?」

「あ、あっち、あっちに…」

シルナは、さっき通ってきた、稽古場に繋がる渡り廊下を指差した。

俺はシルナの指差す方向を見つめた。

…?

「…何もいないじゃん」

「い、今、確かにいたんだよ!」

いた?

「何が?」

「わ、分かんない。黒い影みたいなの…」

黒い影?

って、生徒が言っていた…。

「あなたまで、下らない嘘をつくんじゃありませんよ」

「う、嘘じゃないんだよ、イレースちゃん!本当に、今…」

…基本的にビビりなシルナは、こんなとき、こんな下らない嘘を付く人間ではない。

そして、このシルナの怯えよう。

…本当に、何か見えたのか?

俺は懐中電灯を掲げて、渡り廊下の先を照らした。

何かがいる…ようには見えないが…。

「何もいないじゃありませんか」

「え、いや、でも、さっき確かに…」

「見間違えじゃなくて?」

「じゃないよ。黒い影が動いてたんだよ…」

…はぁ、そうなのか?

そう言われても、今ここに姿が見えないんじゃ、いくら「見た」と言っても、証明のしようが…。

…そのとき。

懐中電灯で照らした廊下の先で、何かがゆらり、と動いた。

黒い、人影のような物体だった。

「!?」

「…!」

俺も、イレースも、同時に気がついた。

「ぴゃあぁぁぁぁっ!出たぁぁぁぁぁ!」

シルナ、大絶叫。

馬鹿。そんなでかい声を出したら、あの幽霊に気づかれてしまう、と。

思ったそのとき、イレースは懐中電灯を放り出していた。

え?あのイレースが逃げ出したのか、って?

そんな馬鹿なこと、あるはずがないだろう?

懐中電灯を放り出したイレースは、杖を片手に駆け出していた。

…謎の、黒い影が見えた方向に向かって。

「そこのあなた。ちょっと、そこを動くんじゃありませんよ。何処の誰かは知りませんが、学院に侵入するとは良い度胸です」

幽霊に説教するイレースも、なかなか凄い度胸してると思うよ。

「幽霊だか何だか知りませんが、学院の風紀を乱す者は、何人たりとも許しません」

そう言ったイレースの杖から、雷が迸っていた。

ま、マジで?

「お、おま、ちょ、イレース」

まさか、幽霊相手に雷を落とすつもりじゃ。

「成敗してくれます」

バチバチバチッ!と鋭く雷を迸らせ。

イレースは黒い影に向かって、何の躊躇もなく雷魔法を放った。
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