神殺しのクロノスタシスⅤ〜前編〜
攻撃を外し、廊下の床に着地した令月は。

小太刀を握り締めたまま、素早く周囲を見渡した。

すると、誰よりも夜目の利く令月が、窓の外に黒い影を見つけた。

「…!『八千歳』!捕獲!!」

「分かってる!」

令月の後ろにいたすぐりが、黒いワイヤーで窓を破壊しながら、窓の外に移動した黒い影に迫った。

しかし。

すぐりのワイヤーが迫ると、黒い影はまたしても、その場に霧散して消えた。

捕獲対象をなくしたすぐりのワイヤーが、ドスッ、と地面に突き刺さっていた。

…!

イレースの雷魔法も、令月の小太刀も…すぐりのワイヤーからも逃げるとは。

幽霊の癖に、あの反射神経は何なんだ。

「ちっ…。逃した…!」

「諦めないで。まだ、近くにいるかも」

「索敵する」

すぐりは、両手から大量の糸を繰り出した。

すぐりの、糸魔法を使った索敵能力は折り紙付きである。

俺とイレースも、令月達ほど夜目は効かないが、周囲を隈なく見渡した。

懐中電灯の灯りで照らしながら、注意深く探してみた…が。

「…いない…」

先程の黒い影は、何事もなかったように、跡形もなく消えていた。

…何だったんだ?あれは。

第二稽古場に繋がる渡り廊下に現れ、イレースの雷魔法を躱し、令月と、すぐりの攻撃さえ躱し。

こちらを嘲笑うかのように、弄ぶだけ弄んで、そのまま消えた。

俺達は、ただ馬鹿にされただけだ。

しかし、俺は怒りより先に、困惑の方が勝っていた。

「ちっ、駄目か…。もういない」

すぐりは舌打ち混じりに、そう言った。

すぐりの糸魔法による探索でも、黒い影の行方は掴めなかったようだ。

襲撃は済んだとばかりに、黒い影は姿を消していた。

…本当に、あれは何だったんだ?
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