神殺しのクロノスタシスⅤ〜前編〜
…いきなり、声かけてくんなよ。

びっくりするだろ。誰だお前。

俺は驚きのあまり、しばらく声が出なかった。

…化け物だ。

ずんぐりとした卵型の図体をして、小粋なズボンを履き、シルクハットを被った化け物。

「…物の怪?」

令月も、この反応だった。

物の怪だ。物の怪。 

しかし、化け物、物の怪は全く狼狽えることなく。

シルクハットを取って、優雅に深々と一礼した。

「初めまして、皆さん」

意外と礼儀正しい化け物だった。

キモいとか思って悪かっ、

「そしてようこそ。『不思議の国のアリス』の世界に」

…やっぱりキモいわ。ごめん。

何だろう。ずんぐりむっくりな図体と言うより、この意味不明な発言がキモい。

『不思議の国のアリス』だって?

どうやら、やはり俺の嫌な予感は当たってしまったようだな。

『不思議の国のアリス』と言えば。

言うまでもなく、誰でも知っている童話のタイトルである。

そして、童話のタイトルと言えば…これまた言うまでもなく。

現在、俺達を苦しめている頭痛の種。

そう、イーニシュフェルトの里の遺産、童話シリーズの魔法道具だ。

俺達が突如として送り込まれた、この不思議な世界。

ここは、魔法道具である『不思議の国のアリス』が作り出した異空間なのだ。

…成程、ペンキで塗った薔薇だの、妙にメルヘンな風景だの…。

『不思議の国のアリス』の世界なのだと思えば、それらも納得である。

案の定、またしても俺達は魔法道具の餌食となってしまった。

しかも今回は、この気持ち悪い化け物がお出迎え。

「…お前何なんだ?その気持ち悪いナリは」

「私は『不思議の国のアリス』の案内役を仰せつかっております、ハンプティ・ダンプティと言います」

あぁ、うん、成程。

本物(?)のハンプティ・ダンプティに対する風評被害だな。

本当、あれだよな…。一連の童話シリーズとの対面で、身に滲みたけども。

白雪姫と言い、人魚姫と言い、このハンプティ・ダンプティと言い。

本物の童話のキャラクターを冒涜してるよな。

ハンプティ・ダンプティって、絶対こんな気持ち悪い卵の化け物じゃねぇよ。

何考えてたんだ、イーニシュフェルトの里の賢者は。
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