神殺しのクロノスタシスⅤ〜前編〜
…今になって思えば。

学院長室で開いた、シルナの茶会。

そこに紛れ込んでいた、見馴れない謎のティーカップ。

あれが、『不思議の国のアリス』だったんだろうな。

全く、普通に紛れ込みやがって。

一生食器棚にしまっておくべきだったな。

「とにかく、招待状を探そう。お茶会で何が起きるかは、そのときになって考えれば良い」

まずは、お茶会に参加することだけを考えよう。

参加出来なかったから終わりだから。

「そうですね。お茶会に参加しさえすれば…あとはアリスを脅すなり何なり、やりようはあります」

と、イレース。

お前、何考えてるの。

お伽噺のアリスを強迫するなんて、夢も希望もないことを考えるのは、お前くらいだ。

でも、やめておけと言う気はない。

脅して殴って恫喝して、それで元の世界に帰れるなら。

アリスだろうがハンプティ・ダンプティだろうが、いくらでも脅迫してやる。

「ねぇ、トランプを引くのって、一人ずつなの?」

令月が、ハンプティ・ダンプティに尋ねた。

「えぇ、一人一枚ずつです」

「つまり、ここにいる七人は、それぞれ別の世界に連れて行かれて、そこで一人で招待状を探すってことなんだね?」

「原則としては、そうなりますね」

…そうだった。

前回、『シンデレラ』の世界でガラスの靴を探したとき。

あのときは、ここにいる七人全員で宝探しをした。

しかし今回は…一人ずつ。

令月の言う通り、俺達は各自、一人で招待状を探さなければならないのだ。

…。

…分かるだろうか。この心許なさ。不安。

仲間にべったりかよ、と思われるかもしれないが。

生き死にが懸かった事態で、仲間を頼れないというのは心に来るものがある。

しかし。

「原則として?例外もあるの?」

令月も、そして令月の相棒であるすぐりも。

眉一つ動かさず、冷静にそう尋ねた。

俺なんかより、よっぽど肝が据わってるよ。この二人は。

くぐり抜けてきた修羅場の数が違う。俺よりずっと年下なのに。

情けない話だ。

でも、それだけに…二人の存在が頼もしく見える。

「カードの数字が同じなら、絵柄も同じですから。例えば、もしここにいる七人のうち、お二人がクイーンを引いたとしたら、その二人は同じ、クイーンの世界に送られることになります」

…と、ハンプティ・ダンプティは説明した。

…へぇ。

『不思議の国のアリス』でクイーンと言えば、思い当たるキャラクターがいるよな。

「同じ数字のトランプを引けば、協力し合えるってことか…」

「えぇ、そうです」

「…」

えぇっと、つまり…。

トランプは4種類のスートがある訳だから…。同じ数字が各4枚ずつ。

じゃあ、例えばだけど。

俺とシルナ、ナジュと天音の四人が、ハートのエース、ダイヤのエース、クローバーのエース、スペードのエースをそれぞれ引いたとしたら。

俺達四人は同じエースの世界に送られて、四人で協力して招待状を探すことが出来る、って訳か。

…いや、四人が同じ数字を引くなんて、そんな確率はほぼ有り得ないけども。

でも、ルールに則るとそういうことだよな。

せめて一人で良いから、自分と同じ数字を引いて欲しいものだ。
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