神殺しのクロノスタシスⅤ〜前編〜
「それ」に気がついたのは、壁の穴を歩き始めて数分経ってから。

壁と壁を繋ぐ隙間なんて、人間視点だと、ほんの一歩かニ歩ほどの距離しかないのだろうが。

今の俺達にとっては、かなり長い距離に感じる。

ちょっとした冒険だな。

こんな冒険はご遠慮したい。

炎魔法で明かりを得たとはいえ、暗がりを進んでいることに変わりはない。

天井が果てしなく高くて、不気味だ。

おまけに、超埃っぽい。

「げほっ…。あれ、埃の塊じゃね…?」

炎魔法で照らした先に、灰色の、ふわふわした塊が落っこちていた。

とんでもなく巨大な岩のように見えるが、あれ、多分埃の塊だろう。

「そうだね…。埃だろうね」

「ちっ…。綺麗にしとけよ…」

「…壁の隙間だから、仕方ないよ…」

そりゃまぁ、そうかもしれないけども。

でもここ、『不思議の国のアリス』の世界なんだろ?

メルヘンな世界なんだろ?

こんな埃っぽいアリスは嫌だ。

あー、駄目だ…。俺、一連の事件のせいで、童話が嫌いになってる。

こんな目に遭わされたら無理もない…。

…そのとき。

…ごそごそ。ごそごそ。

「…ん?」

俺は、不意に足を止めた。

…気のせいか?今…。

「?羽久、どうしたの?何で立ち止まるの?」

「いや…今…何か聞こえなかったか?」

俺がそう聞くと、シルナはさっと顔を曇らせた。

「ちょ…こ、怖いこと言わないでよ。何も聞こえないよ?」

「いや…シルナは加齢性難聴だから、聞こえないかもしれないけど」

「羽久が私に失礼なことを言ってる気がする!」

事実だろ。

そんなことより。

「マジで、何か聞こえなかったか?」

「えぇ…?私には何も聞こえな、」

…ごそごそ。ごそごそ。

…。

…やっぱり何か聞こえる。

「…本当だ。何か聞こえたね、今…」

加齢性難聴のシルナも、聞こえたようだ。

ってことは、気のせいじゃないんだ。

「後ろの方から聞こえたよな?…一体、何の音…」

俺は通ってきた道を振り返り、杖を出来るだけ遠くに掲げて、背後の様子を確かめた。

…途端。

鼻を突く獣臭さが、辺り一面に漂ったかと思うと。

俺とシルナの目の前に、巨大な…。

…ネズミ、がいた。

「…」

「…」

「…」

俺も、シルナも。…ネズミも。

突然の三者面談に、しばし時が止まったように見つめ合った。

…多分そのまま、たっぷり30秒は見つめ合ったと思う。

「…キー!!」

沈黙を破るかのように、ネズミが甲高い声をあげた。

「…ぷきゃぁぁぁぁぁぁ!!」

一瞬遅れて、壁の穴の中に、シルナの情けない悲鳴が響き渡ったのだった。
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