神殺しのクロノスタシスⅤ〜前編〜
冷蔵庫に、閉じ込められてしまった。

ここまで来て、こんな目に遭うか。

折角、無事に招待状を見つけたというのに。

最後の最後で、とんでもない落とし穴に突き落とされてしまった。

…とりあえず、あのチェシャ猫は絶対に許さない。

あのけばけばしい毛、毟りまくってやる。

しかし、その前にまずは、ここから出なければならなかった。

「ど、どどどどどうしよう!どうしよう!?」

シルナ、大パニック。

気持ちは分かるが、まずは落ち着こう。

落ち着ける状況ではないが、それでも落ち着こう。

狼狽えて騒ぎ立てて、良いことなんて何もない。

「落ち着け、シルナ。何とか…何か方法を考えよう」

我ながら、声が上ずってるような気がしなくもないか。

…ひとまず。

「炎魔法使おう。少しでも、体温を保てるように…」

「あ、そ、そっか…」

炎魔法を発動させ、それで暖を取ることにした。

とは言っても、今の俺達では、こんなのは気休めにしかならない。焼け石に水。

何もしないよりは多少マシ、な程度か。

…さて、これからどうしたものか。

長くは持たない。体温が下がって動けなくなる前に、早いところ脱出しなければ。

「だ、脱出…。脱出用の道具とか、設置されてないかな…?」

…業務用の冷蔵庫だったら。

万が一閉じ込められたときの為に、緊急脱出用のボタンや道具が、ドアの内側に設置されてるらしいな。

しかし。

「そんなもの、ついてたとしても…。今の俺達じゃ使えないだろ」

「あ、そっか…」

さすがに、テントウムシサイズの脱出口までは用意されてはいない。

炎魔法で暖を取り、体温が下がらないよう細心の注意を払いながら、誰かが冷蔵庫を開けてくれるのを辛抱強く待つか。

それとも…自分達で何とかするか。

…このどちらかだ。

さぁ、どちらを選ぶべきか…。

「…なんて、選択肢なんて一つしかないよな」

考えるだけ無駄、って奴だ。

ここで、誰かが冷蔵庫を開けてくれるのを待っている暇はない。

誰が、いつ開けてくれるかも分からないのに。

ましてや、今厨房の中には誰もいない。

先程菜箸を拾い、冷蔵庫のドアを閉めたネズミメイドも、既に厨房から立ち去ったようだ。

あと、冷蔵庫の外にいるのは…あのムカつくチェシャ猫くらいだが。

あいつが開けてくれるはずがない。むしろ、開けようとするのを妨害してくる恐れもある。

メイドにも、チェシャ猫にも期待は出来ない。

いつ開けてもらえるのか、そもそも開けてもらえるのかも分からない。

こうしている間にも、刻一刻とお茶会の時間が迫っている。

なら、持久戦に持ち込むのは現実的ではない。

体温が下がる前に…まだ身体が満足に動くうちに、やれることはやっておくべきだ。

情けないテントウムシサイズでも、俺達は無力ではないのだということを、あのムカつくチェシャ猫に思い知らせてやる。

そして、尻尾の毛の一束でも毟ってやる。

その為には、何としても冷蔵庫から脱出しなくては。
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