神殺しのクロノスタシスⅤ〜前編〜
…30分ほど、無心に治療を続け。

ようやく、苦悶の呻き声がまばらになった。

先程の地獄絵図のような光景も、少しはマシになった。

…けれど。

「…あの…あそこにいるウサギさん達は…」

僕は、少し離れた場所に並べられて横たわるウサギさん達を見つめながら、白ウサギさんに尋ねた。

「…彼らは…。…助けられなかった者達だ」

白ウサギさんは、苦痛に歪んだ顔でそう答えた。

…そっか。

察してはいたいたけど…。やっぱり…。

怪我人だけじゃなくて、死人も出ていたのだ。

…それはそうだよね。

酷い怪我をした人…ウサギ…が、これほど大勢いるのに。

命を落としていない者が、いない訳がない…。

…ごめんなさい、助けられなくて。

白い布をかけられた彼らの遺体に、僕は心の中で合唱した。

彼らが例え、「三月ウサギの世界」に登場する、モブの一匹に過ぎないのだとしても。

命の重さは、誰しも平等だ。

「…一体、何があったの?」

僕は改めて、白ウサギさんに尋ねた。

何が起きているのかは分からないけど、尋常ならざる事態が発生していることは分かる。

先程手当てしたウサギさん達の、あの身体の傷。
 
それは酷いものだった。

切れ味の良い、鋭いナイフで全身を滅多刺しにされたような傷…。

腕や足が…いや、ウサギだから、前脚と後ろ脚…が切断されている者も、たくさんいた。

…それにしても、あの傷口の断面。

何処かで見覚えがある、ような…。

「…この村は襲われたんです。あの恐ろしい…悪魔の手によって」

「…悪魔…」

それは…キャラクターの名前、なのかな。

『不思議の国のアリス』って…僕、恥ずかしながら原作を読んだことがないんだけど…。

悪魔なんてキャラクター、いたっけ?

『不思議の国のアリス』と言えば、主人公のアリスと、僕が今相手をしてるウサギと、あとイレースさんが相手をしているハートの女王…。

それくらいしか、登場人物を知らない。 

「そして、襲われたのはこの村だけではありません」

「えっ」

…この村だけじゃ、ない?

じゃあ、もしかして…。

「他の場所でも起きてるってこと?こんな…恐ろしいことが…」

「…はい」

白ウサギさんは、悔しそうに唇を噛み締めて頷いた。

そんな…。

じゃあ、ここだけじゃなくて…他の場所でも、ここみたいな虐殺が起きてるのか…。

なんて恐ろしいことが…。

「各地でこのような襲撃が起き…。私達はこの事態に対処する為に、有志で集められた医療チームなのです」

…そうだったんだ。

『不思議の国のアリス』版、国境なき…みたいな。

こうしてボランティアで、傷ついたウサギ達を治療して回ってるんだ。

絶望的な状況の中で、このような人々がいることは、襲撃を受けた被害者達にとって、少しでも救いになることだろう。  
 
白ウサギさん達だって、このような光景を何度も目にするのは耐え難いだろう。

それに、自分達も襲撃の憂き目に遭うかもしれないのに。

それでも勇気を出して、傷ついたウサギを助けて回ってるなんて…。

とても英雄的な行動だと思う。

図らずも、僕もその手伝いをさせてもらって、光栄だった。
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