神殺しのクロノスタシスⅤ〜前編〜
「本当に…恐ろしい。私達は各地で、このような光景を見ました。血にまみれ、千切れた手足が散らばり、人々の苦痛や苦悶の呻きが、あちらこちらから聞こえてくる…」

「…」

「こんな残虐なことを…奴は平気で出来るのです。人の心など持っていない、人でなし…。地獄の業火に焼かれて、苦しんで死ねば良い…!」

…白ウサギさんの嘆きは深くて、本当に悲しそうで。

こんなことをした悪魔という犯人を、心から憎んでいるのが分かった。

…分かるよ、その気持ちは。

それが例え見ず知らずの人でも、人が殺され、傷つけられ、苦しんでいる光景を見たら。 

自分のことみたいに悲しいよね。…悔しいと思うよね。

犯人を憎む気持ちも分かる。

僕もかつては…そうだった。

でも…悪魔のような行いをした犯人が、本当に悪魔のような人物であるかは、それは別の話なのだ。

今の僕は、そのことを知っている。

悪魔のようなことをする、悪魔のような人だと思っていても。

蓋を開けてみれば、僕達と全く変わらない、ただの「人」で…。

むしろその人は、傷つきやすくて、繊細で、本当は誰より優しくて。

それなのに、心を狂わせるような孤独と悲しみに襲われて、自分でも望まずに残虐な行いをしてしまっただけで。

我を失うほどの孤独に襲われさえしなければ、狂気に走ることはなかった。

何かがあるのだ。

何か、理由が。
 
狂気に走る者は、ある日突然閃いて凶行に及ぶのではない。

そこに至るまでに、何かしらの過程があり、本人なりにどうしても…そうせざるを得なかった理由があるのだと、僕は思っている。

だから、きっと…。

多くのウサギさんを傷つけた虐殺犯にも、何か理由が…事情があるのだろう。

理由があれば人を傷つけて良い、とは言っていない。

どんな理由があれど、人を傷つけるのはいけないことだ。

…それでも。

悪いことをしたからって、その悪行だけを責め立てて、そこに至るまでの苦しみを無視するのは…それはフェアじゃない、と思う。

けれど…感情的になっている白ウサギさんに、僕のこんな持論を聞かせたら。

きっと、激高してしまうだろう。

僕だって…「彼」と出会って、言葉を交わさなければ…。

今の白ウサギさんのように、ひたすら犯人を憎むだけだっただろうから…。

「絶対に…絶対に許しません。あの男…『殺戮の堕天使』を…!」

「…え?」

僕は、思わず素っ頓狂な声を出してしまった。
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