神殺しのクロノスタシスⅤ〜前編〜
何だか、その…物凄く。
 
聞き覚えのある、ような…名前を聞いた気が。

「『殺戮の堕天使』…って言った?今…」

「?えぇ…。各地で村や里、集落を襲っている犯人の二つ名です…。本名が分からないので、そう呼ばれています」

え、えっと。

本名…それもしかして、僕、知ってるかも…。

「それってあの…な、ナジュ君の…こと…?」

…だよ、ね?

だって『殺戮の堕天使』って…ナジュ君の、昔の呼び名。

僕も、その呼び名の人物をずっと追い続けていた。

今しがた…僕が語った持論。
 
あの持論を持つに至るきっかけを作ってくれたのが、他でもない『殺戮の堕天使』その人…。

…つまりは、ナジュ君のことだ。

「え…?あなたは『殺戮の堕天使』を知っているのですか?」

「ど、どうだろう…?思い当たる節は…あるんだけど」
 
だって、ナジュ君のことでしょ?

知ってるも何も…僕の同僚で、そして一番の親友だよ。
 
「そうですか…。しかし『殺戮の堕天使』の正体は、誰も知らない…謎に包まれた人物だと聞いています」

「…」

「あなたがご存知の方と、『殺戮の堕天使』が同一人物であるかどうかは…確かめてみないことには分かりませんね」

「…そう、だね」

その通りだ。

『殺戮の堕天使』は、他でもないナジュ君の二つ名だけど。

ここで行われた虐殺が、ナジュ君の手によるものだという証拠はない。

と言うか、ナジュ君の犯行のはずがない。

だってナジュ君は今頃、アリスのお茶会の招待状を求めて、別の世界にいるんだから。
 
…いや、それは関係ない。
 
今のナジュ君には、最早虐殺行為を行う理由がない。

彼を長い間、狂気に縛り付けていた恐ろしい孤独は、最早彼のものではない。

自分の犯した過ちを振り返り、その行いを悔い、涙を流して…自ら十字架を背負うことを選んだ。

あのナジュ君の涙を、僕は信じる。

彼に殺された全ての人が、彼を許さなくても。

僕だけは、ナジュ君を許す。
 
僕はそう誓ったのだ。

…ナジュ君のはずがない。  

もし万が一ナジュ君の仕業なのだとしたら、それはきっと、また何か理由があるはずだ。

招待状と引き換えに、村を襲うように脅された、とか…。

…いや、招待状くらいじゃ、ナジュ君は言うことを聞かないだろう。

彼を凶行に駆り立てる理由は、今も昔も同じだ。

彼の中にいる…リリスという魔物の女の子。

もしかしたら、彼女に関することで、何か脅しを受けたのかもしれない。

そうでもなきゃ有り得ない。
 
誰が何と言おうと、僕はナジュ君を信じる。
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