神殺しのクロノスタシスⅤ〜前編〜
灰色ウサギさんの案内で、僕は村の中にある、ひときわ大きな建物に足を踏み入れた。

「灰色ウサギさん。ここは…?」

「ここは…どうやら、学校だったようだ」

と、灰色ウサギさんは言った。

学校。

成程、教室は小さいし、机も椅子も粗末なものだけど…。

でも、教室には黒板があるし、床に教科書や鉛筆が散らばっている。

…ウサギでも、学校ってあるんだね。

何を教えてもらうんだろう…狩りの方法とか?

いや、そんなことより。

「…ここだ」

灰色ウサギさんは、一つの教室の前で足を止めた。

…ここで何があったのか、何で灰色ウサギさんが僕をここに連れてきたのか…聞くまでもなかった。

扉を開けなくても分かった。

噎せ返るような血の匂いが、全てを物語っていた。

「…開けるぞ」

灰色ウサギさんが教室の扉を開けると。

血の匂いが更に強くなり、僕の目の前に…これまで以上の凄惨な光景が広がっていた。

…教室の中は、まるで赤いペンキをぶちまけたようだった。

恐らく、この学校に通っていた生徒なのだろう。

何人もの…子ウサギさんの遺体が、千切れ、引き裂かれ、踏みにじられていた。

床に折り重なった遺体…それは最早、遺体とは呼べなかった。

残骸だ。

肉片だ。

徹底的にバラバラにされ、元の形が分からなくなった遺骸が…床一面に散らばっていた。

「一人でも、誰か…」

生きていないか、と灰色ウサギさんは、希望に縋るような眼差しで僕を見たが。

「…無理だよ」

僕は力なく、首を横に振ることしか出来なかった。

…一目見ただけで分かる。

ここに、生きている者はいない。
 
既に、鼻を突くような腐敗臭が漂い始めている。

…死の匂いだ。

何度経験しても…こればかりは、慣れることが出来なかった。

「なんて…なんて、酷いことを…!あいつ…!」

灰色ウサギさんは、床に膝をつき、頭を抱えるようにして叫んだ。

…うん。

これは…酷いね。本当に…。

恐らく、校舎内にいた小ウサギ達を、全員ここに集めてから。

全員まとめて、風魔法で切り裂いたのだろう。

『殺戮の堕天使』に脅され、この部屋に連れてこられたウサギさん達は…どんな気持ちだったことだろう。

…せめて、苦しまずにあの世に行けたことを祈るしかなかった。

…しかし。

本当に凄惨だったのは、この光景ではなかった。





僕達は、生き残った者達の治療が一通り終わってから。

自分の子供を探す親ウサギさん達を、この惨劇のような教室に連れてきた。

…実際に目にしなければ、信じられないだろうと思ったから。

そして。

我が子が、物言わぬ肉の塊と化した姿を見た親ウサギさん達は。

「あ、あぁ…なんてこと…」

「酷い…なんて、酷い…!」

声にならない悲鳴をあげて、その場に崩れ落ちた。

…その姿は、遺体を見るより、何よりも…胸を締め付けられる光景だった。
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