神殺しのクロノスタシスⅤ〜前編〜
…我が子を失って慟哭している親を見ることほど、辛いものはなかった。

子供のいない僕には、彼らの悲しみに寄り添うことは出来なかった。

…今は、そっとしておこう。

下手な慰めの言葉は、余計に傷ついた心を痛めつけるだけだ。

…身体の傷は癒せても、心の傷は簡単には癒えない。

医療に関わる者の端くれとして、僕はそのことをよく知っている。

我が子を失ったウサギさん達の心情が、如何程のものか。

きっと、筆舌に尽くし難い思いだろう。

「あの悪魔め…!『殺戮の堕天使』…!あいつには、人の心がないのか…!!」

悲しみに暮れるウサギさん達を見て、仲間の灰色ウサギさんは、呪詛の呻き声を漏らした。

…僕もそう思ってたよ。

『殺戮の堕天使』には、人の心がないって。

…でも蓋を開けてみれば、そんなことはないんだよね。

むしろ、誰よりも繊細な心の持ち主だった。

だからこそ、苦しみもするんだろう。

「…もうこれ以上、黙って見ていることは出来ない」

静かな声で、白ウサギさんがそう言った。

え…?

「行動を起こすべきだ。これ以上、奴の暴虐を見過ごしておけない!」

み…見過ごせないって…。

「どう…するの?」

「討つんだ。奴を…『殺戮の堕天使』を、我々の手で」

「…!」

…そんな。

『殺戮の堕天使』と戦うってこと?

この…ウサギさん集団で?

「そうだ…。僕達で『殺戮の堕天使』を止めるんだ。誰かがやらなければならない…!」

「これ以上の犠牲者を出さない為にも…!」

「我々の手で、奴を粛清してやろう!殺された人々の仇を討つんだ!」

「あのおぞましい化け物に、正義の鉄槌を下してやろう…!」

ウサギさん達は、次々に復讐の言葉を口にした。

…よく分かる。その気持ちは。

殺された人の仇を討ちたい…その気持ちは分かる。

…僕だって、同じだったから。

でも、だけど…それ故に、僕は知っている。

その復讐が、いかに見当違いなものであるかを。

そして、無謀なことでもある。

「み、皆落ち着いて…!冷静になろうよ」

僕は、血気盛んに勢いづくウサギさん達を制止した。

気持ちは分かる。よく分かるけど。

でも、ここで逸っちゃ駄目だ。
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