神殺しのクロノスタシスⅤ〜前編〜
…やがて、落とし穴に落ちたウサギさん達の、苦悶の呻きや叫び声が途絶えた。

…皆、事切れたのだろう。

殺されてしまった。

『殺戮の堕天使』の虐殺を止める為、立ち上がった者達が。

これだけ多くの命を奪ったというのに、『殺戮の堕天使』は、全く悪びれることなく。

むしろ、この「成果」に満足しているようだった。

…。

「…あなたは、後を追わないんですか?」

『殺戮の堕天使』が、初めて口を利いた。

後を追う?

僕も、この落とし穴に飛び込めと?

…悪いけど、そんな気はないなぁ。

「そうだね、僕には…まだ死ねない理由があるからね」

「ふーん…?薄情なんですね。仲間じゃなかったんですか?」
 
「…仲間だったよ」

短い付き合いだったけど。

ウサギさん達は、見ず知らずの僕を仲間に入れてくれて、一緒に旅をした。

確かに仲間だった。

仲間…だったけど。

今はもう、彼らは一人も…一匹も残っていない。

…君が殺したから。

「仇、討たなくて良いんですか?」

『殺戮の堕天使』は、挑発するようにそう言った。

僕一人くらいなら、落とし穴に嵌める必要はないだろう。

一対一で捻じ伏せて、黙らせることが出来る。

だからこそ、この余裕なんだろう。

仇…か…。

たった今殺されたウサギさん達は、仇討ちを望んでいるのだろうか。

僕は彼らの為に、例え敵わないと分かっていても…仇討ちをするべきなのだろうか。

…でも、僕は行動を起こす気にはなれなかった。

『殺戮の堕天使』に歯向かっても無駄だから?

…いや、そうじゃない。

もっと、根本的な問題だ。

仇を討ちたいとか、それ以前に僕は…。

…もっと、彼のことを知りたい。

「…君は、何でウサギさん達を殺すの?」 

仇討ちの代わりに、僕は『殺戮の堕天使』にそう尋ねた。

…僕の知る、本物の『殺戮の堕天使』は。
 
ある一つの目的の為に、各地で虐殺を繰り返していた。

理由があれば許される訳ではないけど。

でも、無意味に殺戮を繰り返すのとは、訳が違うから。

「何か理由があるの?」

「…」

『殺戮の堕天使』は、何も答えなかった。

…そっか。

まぁ、君に理由があろうとなかろうと…僕にとっては、どうでも良いことだ。

だって君は、本物の『殺戮の堕天使』じゃないから。
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