神殺しのクロノスタシスⅤ〜前編〜
板チョコの扉は、意外と耐久性がなかったらしく。

開けた瞬間、バキッ、と音がしていたけれど。

今の僕達は、そんなことはどうでも良かった。

家の中も、お菓子の匂いが充満していた。

それもそのはず。

テーブルはチョコレートクッキー、椅子はプレーンクッキー。

カーテンはカスタードクリーム、クッションはシュークリームで。

天井からは、色とりどりの飴細工で作られたシャンデリアがぶら下がっていた。

本当に、お菓子の家そのものだ。

学院長は喜ぶだろうなぁ。

こんな実用性皆無な家に、どうやって住むのだろうと思うけど。

それを気にするのは、僕の仕事じゃない。

「…いた!」

瞬時に部屋の中を見渡し、白ウサギの姿を発見。

標的は、クッキーで出来た本棚の上に座って、嘲笑うようにこちらを見ていた。

僕は床を蹴り、本棚(と言っても、本の代わりに薄く切ったチョコレートが入っているから、正しくはチョコ棚)の上に飛んだ。

しかし。

白ウサギはすんでのところで、本棚から飛び降りて避けた。

…おかしい。

今のは、充分間に合ったはずだった。

更に、飛び降りた白ウサギの落下地点に、『八千歳』が大量の糸を張り巡らせた。

あの糸からは、決して逃れられないはず。

「…!?」

…それなのに、白ウサギは『八千歳』の糸を、するりと潜り抜け。

たたたっ、と別室に駆け抜けていった。

…やっぱりおかしい。

今のは、絶対逃れられないはずだった。

それを逃れたってことは、やはりあのウサギ…。

「…追おう、『八千代』」

「…うん」

『八千歳』に促され、僕は雑念を振り払った。

諦めるにはまだ早い。

隣の部屋に逃げていった白ウサギを追って、僕と『八千歳』は、隣の部屋に通じる扉…こちらはホワイトチョコの扉…の取っ手を掴み。

これまた、勢いよく扉を開けた。

バキッと悲惨な音がしたけど、気にならなかった。

こちらの部屋は、どうやら寝室のようだ。

ロールケーキのベッド、チョコブラウニーの枕。

掛け布団は、薄いクレープの生地で出来ている。

とてもじゃないけど、安眠出来なさそう。

あんな薄っぺらいクレープの皮じゃ、寒くないのかなぁ。

やっぱり、寝具はゴザが一番だよね。

すると。

「…ケケケッ」

「…」

突如として、耳障りな笑い声が聞こえた。

ウサギかと思ったが、ウサギじゃなかった。

ラングドシャクッキーのクローゼットの上に、ピンクの化け猫がこちらを見ていた。

にやにやと、人の悪そうな顔で僕達を見下ろしている。

…。

「…えい」

何だか凄くムカついたので、化け猫に向かって小刀を投擲してみた。

猫肉はあまり美味しくないが、ウサギとまとめて焼肉にしてやろうと思って。

しかし。

「…消えた…」

白ウサギ同様、化け猫もまた、すんでのところで姿を消した。

…猫肉、食べ損ねちゃった。
< 454 / 634 >

この作品をシェア

pagetop