神殺しのクロノスタシスⅤ〜前編〜
「机の中に、入れっぱなしにしちゃって…」

少女は、教室の自分の席に忘れ物をしたらしい。

一冊のノートなのだが、たかが一冊のノートでも、今の少女にとっては黄金より価値のあるものだった。

夜が明けたら、朝一番の授業で、そのノートの科目の小テストが行われる。

つまりそのノートがないと、少女は今夜試験勉強が出来ないのだ。

しかも、小テストが行われる科目の担当教師は、イーニシュフェルト魔導学院で一番厳しい女教師、イレース・クローリアである。

彼女相手に、「ノートを持って帰るのを忘れていたので、勉強していません」などという、ふざけた言い訳は通用しない。

ガミガミネチネチと怒られ、補習授業を受けさせられることは必至。

門限を過ぎ、消灯時間が過ぎてから、少女は明日の小テストの存在を思い出し、飛び起きた。

そして、同室の女子生徒に相談し。

じゃあ、こっそり校舎に忍び込んで取りに行こう、という話になった。

それで、二人はこんな時間に、こんなところにいるのだ。

最初は、校舎にノート一冊を取りに行くなんて、何でもないことだと思っていた。

しかし、寝静まった学生寮の廊下を、人目を忍んでそっと歩き。

学生寮を出て、校舎に向かう為に外に出ると途端に、真っ暗な闇の中を歩くことになって。

二人共、最初の威勢の良さは何処へやら。

内心、引き返したいという思いを抱えながら、それでも「ここまで来たからには…」と、ゆっくりと歩みを進めた。

普段何気なく歩いている、校舎までの道のり。

周囲が真っ暗なだけで、こんなにも長く感じるとは。

「校舎…鍵かかってたらどうしよう?」

「そのときは、もうどうしようもないから…諦めるよ」

二人の少女は、夜間に校舎に忍び込んだ経験などなかった。当たり前だが。

従って、夜の間、校舎は施錠されることを知らなかったのだ。

これが普段通りであれば、二人は施錠された校舎の扉を前に、諦めて学生寮に引き返すしかなかったのだが…。

「あ、良かった。開いてる…」

何故かその晩、校舎の扉は開いていた。

施錠のし忘れ?

そんなことは有り得ない。

何故なら、夜、外に通じる全ての窓や扉を施錠するのは。

他でもない、前述のイレース教師だからである。

何事も完璧主義の彼女が、うっかり鍵を締め忘れました、なんてことは有り得ない。

なら、何故この扉は開いていたのか。

その理由を、二人の少女が知ることはない。

二人はさっさと帰りたい一心で、急いで校舎の中に足を踏み入れた。
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