神殺しのクロノスタシスⅤ〜前編〜
「で、でも…本当にあの人が死体なんだとしたら…何で、普通に歩いて…しかも喋ってたの?」

と、天音が当然の疑問を口にした。

…確かに。

死体が墓から出てくるなんて…ゾンビ映画じゃないんだから。

どうやって、墓の中から出てきたんだ。

イーニシュフェルトの里に伝わる、不思議な魔法か何か…?

里の魔導化学は、現在のルーデュニア聖王国のそれより、遥かに進んでいたという。

「もしかして…死者蘇生…的な魔法か?」

死者が墓の下から現れた…と聞いて、真っ先に思いつくのがそれだ。

いや…でも、死者蘇生の魔法は…。

「いいや、族長の力をもってしても…死者蘇生は出来ないはずだよ。少なくとも…私の知る限りでは」

と、シルナが答えた。

…そう、だよな。

死者蘇生の魔法云々については、クュルナの事件のときに思い知った。

イーニシュフェルトの里の叡智を持ってしても、死者の蘇生は出来ない。

…でも…シルナの、この煮え切らない反応を見るに…。

「全く不可能…って訳でもないのか」

「…そうだね…。私の知る限りではなかったけど、私の知らないところで、族長達が秘密裏に研究していた可能性はあるから…」

「あぁ、成程…」

同じ里の中でも、結構秘密主義なんだよな。

ましてやシルナは、今でこそ介護の必要なご老人だが。

イーニシュフェルトの里にいた頃は、シルナは若造の一人でしかなかった。

里の秘密の全てを、シルナに共有してもらえたとは思えない。

「羽久が私に失礼なことを考えてる気がするけど…今はそれどころじゃないね」

「あぁ、そうだな」

本当に奴が死者蘇生の魔法を使って、再びこの世に現れたのだとしたら…。

…それって、結構大変なことなのでは?

族長の他にも、死んだ里の賢者達がわらわら出てきたら…。

「…でもね、羽久。今回は、死者蘇生に…思い当たる節があるんだ」

と、シルナ。

「思い当たる節?何だ?」

「あの族長は…ただの操り人形なんじやないか、って」

「操り人形…?」

「自分の意志でこの世に現れたんじゃなくて、誰かに操られてるんじゃないかってことだよ」

…。

…まぁ、可能性がなくはない、か。

死者蘇生の可能性さえ考慮してるんだから、操り人形だったとしても不思議じゃないよな。

そもそもイーニシュフェルトの里は、何が起きても不思議じゃない説まである。

「死体を操られてるってことか?誰かに?」

「うん」

もしそうだとしたら…。

操ってる奴は、相当趣味が悪いな。

何を思って、族長の死体なんか操ってるのか。

あの族長を見て、思わず幽霊なんじゃないかと思ってしまったが。

あながち間違ってなかったのかもな。

操られているとはいえ、死体が動くのなら、それはもう幽霊みたいなものだ。

どっちかと言うと、幽霊よりゾンビに近いけどな。

いずれにしても、笑えない冗談だ。
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