神殺しのクロノスタシスⅤ〜前編〜
…生まれついたときから、僕にとっては生者より、死者の方がずっと身近な存在だった。

死人だ、死体だと聞くと、それだけで嫌悪する者は大勢いるけど。

僕にしてみれば、死者の方が生者よりずっと単純で、ずっと素直だと思う。

悪事を働くのも、人を騙すのも殺すのも、みんな生者のやることだ。

死者は何もしない。悪いことなんて何も。

それどころか、死者は素直だ。自分の気持ちに正直だし、他人を騙すこともしない。

勝手に喋ったり、動いたりもしないしね。

唯一死者に欠点があるとしたら、身体が氷のように冷たいところだろうか。

それ以外は、死者の方が生者よりずっとマシだ。

幼い頃から、僕は生者と接する時間より、死体と一緒にいる時間の方がずっと長かった。

死体を墓の下から暴き出し、その死体を自在に操る能力。

僕に備わったこの力は、何かの修練や技術の会得によって手に入れたものではない。

僕が、生まれつき持っていた能力だ。

最初に僕がこの力を使ったのは、3歳の頃だったか、4歳の頃だったか。

正確な年齢は覚えてないけど、呼び出した死体は覚えている。

母親だ。母親の死体。

僕が3歳だか4歳だかのときに、母親は病気で亡くなった。

周囲の人間は悲しんでいたけど、僕はちっとも悲しくなんてなかった。

だって、僕にとって母の死は、皆が考える「死」ではなかった。

温もりをなくし、心臓が動きを止めても、肉体が失われることはない。

僕の頭を撫でることも、抱き締めることも出来る。

流暢ではないけれど、喋ることだって出来るのだ。

ただ命が失われたというだけで、僕にとって母は「生きて」いた。

それなのに、何故周囲の人間がそんな母を、そして僕を恐れ、気味悪がり、敬遠するのか…僕には分からなかった。

命が宿っていないだけで、母は普通に「生きて」いるのに。

村の人々は言った。死者は、土に還してやらなければならないのだと。

そう言われても、僕には理解出来なかった。

目の前にあるのは、魂の宿っていない抜け殻なのだ。

誰だって、セミの抜け殻を集める子供に「土に還してやれ」と叱ったりはしないだろう。

小さな子供が、セミの抜け殻を拾い集めて遊ぶように。

僕はただ、死体を墓の下から暴き出し、人形代わりに動かしていたに過ぎない。

だけど、そんな僕の類まれな力を…僕の父を含む村の人々は、許してくれなかった。

ある日の朝、僕が目を覚ましたとき…僕は両手両足をロープで縛られ、牢屋の中に閉じ込められていた。
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