神殺しのクロノスタシスⅤ〜前編〜
当然の報いだ。何もかも。

だって、僕はこの人達に殺されるところだったのだから。

これは正当防衛なのだ。

殺される前に殺した。それだけだ。

僕は自分の身を守る為に、当然のことをしたまでだ。

父だってそう。

僕は父親を殺してしまったことに、何の罪悪感もなかった。

だって、この人は僕の父親なのに、僕を助けてくれなかった。

それどころか、僕を殺そうとする人に加担したのだ。

子を殺す親がいるか?

だから、逆に僕が殺してやったのだ。

親が子を殺そうとしたのだから、子が親を殺したって、何もおかしくはない。

燃え殻と横たわった死体達を、僕はしばらく眺めていた。

生きている人間は駄目だ、と思った。

生きている人間は、僕の力を認めようとしない。

それどころか、勝手な理屈をつけて、僕を殺そうとした。

自分で自分の身を守らなかったら、危うく殺されているところだった。

助けてくれたのは、生きている人間じゃなくて、今僕の周りにいる死体達だ。

彼らは死してなお、僕の求めに応じ、僕を助けてくれる。

…生きている人間なんかより、ずっと信頼出来る。

あの日から、僕が信じるのは死人だけになった。

しばらく燃え殻を眺めていた僕は、やがて飽きて、その場を立ち去った。

あれ以来、僕は自分の生まれ故郷に帰ったことはない。

でも、忘れることは出来なかった。あの日受けた所業を。

自分の親に殺されかけたことを。

忘れるはずがない。

あのとき、炎に焼かれて殺されかけたときに出来た酷い火傷の痕は、今も僕の身体に刻まれている。

顔だけは、かろうじて火傷を免れたけど。

一枚服を脱げば、腕も脚も背中も、焼けただれた痛々しい皮膚があらわになる。

この傷は、生きている人間につけられたものだ。

死者は僕を傷つけない。傷つけるのは、いつだつて生者なのだ。

だから僕は、生きている者を信用するのをやめた。

死体の力を借り、死体に囲まれて、死体と喋りながら生きてきた。

彼らは決して僕を裏切らない。僕を傷つけない。

僕の思い通りに動いてくれる。いつだって僕の傍にいてくれる。

僕のこの力と、この力によって使役された死体達。

これだけが、僕にとって唯一信頼出来るものだった。
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